小原ブラス「結婚式の加害性」の炎上に「気にしたらキリがない」

「結婚式の加害性」という言葉が先日、ツイッターのトレンド入りし話題になっていた。複数にわたるツイートだったが、以下のような内容だった。

「結婚式に同性愛者の友人を呼んだら傷付けてしまうかも・・・ってめちゃくちゃ無邪気というか、これまでそういうことを考えずに来られたのがすごい。結婚式ってもともと様々な不幸に見舞われている人をそれでもなお呼びつけて強制的にお祝いさせる場やん」

「(一部省略)結婚式その他祝賀行事には原理的にすべて加害性があるんだから、誰も傷付けたくなければすべて中止するほかないが、そんなことは不可能なので覚悟を持つかどうかの問題でしかない」

 多くの人は、このツイートを「結婚できないような人や不幸な人に、幸せを強制的に祝わせる結婚式は主催側のエゴであることを自覚しろ!」という主張だと捉えたため、「嫌なら断ればいいじゃないか」という声や「ただの妬みでしょ?」という批判的な意見が寄せられていた。

同性愛者の当事者としては、水戸黄門様の印籠のごとく「LGBTQへの配慮」をここぞとばかりに主張することには違和感を覚える。別に結婚式へ参加して「寂しいな」とか「私は結婚できないんだろうな」という気持ちになるのは同性愛者に限った話ではないし、「同性愛者への配慮」といえば正当化できると考えるのは大間違いだ。

当事者が何も言っていないのに、「また同性愛者が配慮しろとうるさいのか」といったホモフォビアの助長になりかねない。むしろ、同性愛者だからという理由で結婚式に呼ばれもしなくなる方が悲しいとすら感じる。

「結婚式の加害性」という点ではどうだろうか。そもそも結婚式は何のためにするのか。祝福される花嫁花婿が優越感に浸るためだろうか。もちろんそれが目的の当事者もいるだろう。しかしながら、大きな意味は「二つの家族のつながりの場」を設けることではないだろうか。両家の家族同士が結婚式に向けて準備をして、相手家族のことを知りながら、それぞれが少しずつ歩み寄っていく。

ある意味では、お互いの見栄がぶつかる場とも言える。親族、知り合い、友人の数、そしてそれぞれどんな人たちなのかを見せて違いを測り合うのだ。

「リア充爆発しろ」と同じ嫉妬

自分がいつか結婚するのであれば、できるだけ友人には来てほしいと思うだろうし、できるだけ友人の結婚式に参加してあげたいと思うだろう。そして、その時のために備えるのは苦ではないだろう。しかし、将来結婚することのない身からすると、よっぽど祝いたい相手でない限り、義理だけで参列するのは面倒だ。それにツイート主が触れているように、結婚式に参加するたびに、いや結婚の報告が来るたびに「ああ、僕は生涯一人か・・・」との思いが脳裏をかすめるのもまた事実ではある。

だからといって、「エゴだと自覚しろ」だとか「配慮しろ」だと言い始めると、あらゆることができなくなる。お金持ちが豪遊している姿は、生活にあえぐ人を傷つけるかもしれないし、スポーツに思い切り打ち込む姿が、身体に障害を抱える人を傷つけるかもしれない。公園で無邪気に遊ぶ子どもの姿は、子どもを諦めた夫婦にどう映るだろうか。

果たして普通に生きていて、誰も傷つけないことができるだろうか。かつて、インターネットの掲示板で「リア充爆発しろ」なんて言われていたが、結婚式の加害性というものはそれと同じ嫉妬であり、加害される側が自分で処理すべき問題だ。おそらく、ツイート主の真意はここにあるのではないだろうか。加害性なんてものは気にし始めたらキリがないのだと。

今年三十路を迎え、周囲で結婚が相次いでいる。結婚式に誘われることも多いが、顔も知らない遠い親戚やテレビに出るようになって増えた“友達”など、ほとんどお断りしている。

スケジュール管理をしてくれているマネジャーから、先日、共有しているカレンダーに書かれた「不参加結婚式(番組ロケ)」の意味を確認する連絡があった。これは、結婚式に招待されたが、仕事があるとウソをついて欠席する場合に書き込む言葉だ。うっかり、遊んでいるところをSNSに投稿してしまったり、欠席理由の説明と整合性が取れなくなったりすることがないように、予定として入れるようにしている。

結婚報告の記者会見でおなじみのカップルが指輪を見せるシーン
結婚報告の記者会見で指輪を見せるおなじみのシーン(イメージ)

幸せそうな人には「おめでとう」とウソをつくマナー

僕にとっての結婚式の加害性は、むしろここだ。断った結婚式の日に更新したSNSを見られ、「参加できたんじゃん」と思われて関係にヒビが入ること。そのリスクを回避するためだけに、いちいちスケジュール管理までしないといけないこと。参加の可否について、参加する場合のみお返事をするとかそういう仕組みにしてくれないものだろうか。

その他にも加害性があるとすれば、ご祝儀問題。知り合いであれば3万円が相場だといわれるが、一応たまにテレビに出たり、自分の会社を経営していることを公にしたりしていると、「本当に3万円でいいのか」と逡巡しゅんじゅんする。なんだかんだと言っても「あの人、いくら包んでた?」という会話になるのではないだろうか。初めから参加費いくらと設定し、それ以上払うのも禁止にしてほしい。

さらに加えるなら、引き出物に新郎新婦2人のイニシャル入りのお皿やタオルはやめてくれというのもある。結婚式の加害性といっても、このような細々した不満は、イライラエピソードトークで発散ができるレベルのものばかりだ。

はっきり言って、家族くらい近しい人でない限り、1ミリたりとも他人の結婚を祝いたい気持ちなんてない。芸能人の結婚報道に「こちらまで幸せな気持ちになりました」と語るコメンテーターはウソつきだと思っている。

でも、マナーの一環として幸せそうな人には「おめでとう」と僕もウソをつくので、僕の自慢にもたまには羨ましいフリをしてくださいね、という感じだ。そのくらいのウソや加害性は少しくらいあった方が、人生は豊かになる。この世の中、しょせんエゴとエゴのぶつかり合いなのだから、お互い様。

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小原 ブラス(こばら・ぶらす)
タレント・コラムニスト

1992年、ロシア・ハバロフスク生まれ。6歳から兵庫県姫路市で育つ。「見た目はロシア人、中身は関西人」として、テレビのバラエティー番組やYouTubeで「ピロシキーズ」として活躍。コテコテの関西弁で政治や社会問題を鋭く斬るコメントで注目を集める。コラムニストとして様々な媒体で執筆、ロシア人の目から見た日本の疑問点や違和感を率直につづる。

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