世界有数の建築会社「日建設計」の建築デザイナーであり、ファッションモデルとしても活躍、そしてトランスジェンダー当事者――。サリー楓さん(28)を取り巻く「情報」は様々です。働くLGBTQ+当事者の声を集めたライフマガジン「BE」の創刊に携わり、編集スタッフという肩書も加わりました。慶応義塾大大学院在学中の2017年に女性として通学することを選んだサリーさんは当事者としての声を積極的に発信し続けています。よく聞かれるのは「なぜそんなに強くいられるの?」。インタビューから強さの秘密が見えてきました。
寛容じゃない社会を変えたい
――「BE」の創刊に携わった理由を教えてください。
就職とLGBTQ+というテーマでSNSなどで発信をしてきました。自分の経験から、LGBTQ+の人が自分の職場で働いていたり、学校で自分の隣に座っていたりするというイメージを持てていないと感じていました。そこで当事者と当事者の親に向けて、学校に通っている様子、会社で働いている様子を発信することで、ロールモデルになれたらいいと思ってきました。
実際に、カミングアウトするときに、就職先や親御さんに私の発信を見せて説得材料にした、という方もいました。役に立てたという思いと同時に、私のしていることは、目の前の問題に対処しているだけで、長期的な戦略になっていないんじゃないかと思っていました。LGBTQ+当事者が、「寛容じゃない社会」をどうサバイブするかという戦術を配っているだけであって、職場が居づらい、寛容じゃないという根本的な問題に取り組めていないと思い始めました。
10年、20年という大きい単位で課題を解決するには、当事者ではなく、受け入れる社会の側、例えば、会社の人事や経営者に届けないといけないという思いがあったので、編集に携わりました。

――サリーさんはカミングアウトをどのようにしたのですか?
最初に大学の研究室の方たちにカミングアウトしました。研究室で話して、それから授業の時もこういうメイクした状態で出るので、周りに広がっていきましたね。家族はその後です。
両親はかなり心配しました。「学校に通えるのか? 就職は不利になるんじゃないか? メイクするのはいいけど、就職できないだろう」みたいな。特に、父親はかなり心配していましたね。自分が勤めている会社では「そういう人」をみかけないということだったのでしょう。
トランスジェンダーらしさって何?
――当事者として多方面で注目をされています。
この問題に関心を持ってもらえることはありがたいことだと思います。一方で、トランスジェンダーであることが自分のアイデンティティーの前面に出てほしくないと思っています。
実はツイッターのトップ画面の経歴のところには、トランスジェンダーうんぬんは何も書いていません。トランスジェンダーを前面に押し出すと、「らしさ」を求められて、それによって、「らしさ」がないことを批判されることもあります。
そもそも、LGBTと言っても、きれいに四つに分類できるわけではありません。カテゴリーがあることによって理解しやすくなるという利便性はありますが、多様性を示す意味でも、カテゴリーが独り歩きしないことは大事だと思っています。
――ツイッターのトップ画面の写真はサリーさんの幼少期の写真ですか?
最初見た人は、この子は誰?と思いますよね(笑)。10歳の時の写真です。当時住んでいた福岡市が中国の都市と姉妹都市宣言を出すときに、代表として1か月ぐらい、中国に行った時のものです。
実は、男子時代の写真がこれぐらい。あとは学生証の写真でしょうか。カミングアウトするときに捨てました。学生時代に建築関係で賞をいただいたときも、トロフィーが全部男子時代の名前。自分が努力していただいた賞なのに、自分の功績じゃないみたいな感覚でした。私にとっては「他人の名前」が書いてあるように感じました。トロフィーや賞状は経歴証明をするためだけに一応、置いてあります。でも、写真はどうしても嫌でした。卒業アルバムも男子名が書いてあるので、全部捨てました。
でも、今考えると、少しだけでもとっておけばよかったかなと思います。当時は、勢いで後悔しなかったのですが。唯一、このツイッターの写真だけ小学校の時のビッグイベントだったので、残していました。あとは、手元にある体育大会のときの写真が少し。スキャンしてもう捨てないようにバックアップをとりました。

学ランとロングヘアからの解放
――外見についての悩みはありましたか?
学ランが大嫌いでしたね。中高、学ランでした。当時から捨てようと思っていましたが、捨てると親に申し訳なくて家に保管していました。カミングアウトして、自分が受け入れられたことで、学ランが嫌じゃなくなったんです。
男性らしさの象徴「学ラン」が、ファッションアイテムに見えてきました。ハイブランドのジャケットみたいだなって(笑)。今日のジャケットもちょっと学ランっぽいですよね。こういうノリで着てみたら面白そうだなと思っています。実は、少し前にこっそり着ました。装いのコンプレックスを克服できたんだと思います。いつか学ランを着て、ビシッと撮影したいですね。
髪形も一緒です。カミングアウトするまでずっと伸ばしていてずいぶん長くなりました。今思うと、あれは、男性らしさを消すための、一つのトリックです。髪が長いことで、女性らしさに守られている感じがしました。
逆に言うと、髪が長いのが女性らしさ、というジェンダーアイデンティティーを自分に押し付けていました。男らしさからの解放を女性らしさに頼っていたのですね。カミングアウトをして、ひとまず、男らしさを気にしなくていいという段階で、髪が長いことや女性ものの服を着ることに頼る必要がなくなったので、今はメンズの服も着ますし、半年前に髪も短くしました。ツイッターの写真を設定したのも、ちょうどその頃です。喪が明けた、という感覚でしょうか。
――建築デザイナーとして取り組んでいることを教えてください。
今、多様なユーザーに対応したトイレをつくろうと取り組んでいます。すべてのジェンダーが使えるトイレです。
以前から疑問だったのですが、建築の空間には、用途を示すピクトグラムがあります。非常口には、ドアをあけて外に出る人、待合室では椅子に座った人が描いてありますね。唯一、トイレだけ、男、女、車いすのマークです。そこで何ができるかではなく、誰がそこを使っていいかというサインです。私みたいにその絵の中に自分がいないと、疎外感を感じます。私は、女子トイレも男子トイレも使わないので、社内では身障者用トイレのあるフロアまでエレベーターで移動して、トイレを使っています。
そこで考えたのが、誰が使うかではなく、どう使うかで分けられているトイレです。大学時代、ゼミの先生から「あなたはボーダーを超えた経験を持っている。それはすごく建築に役立つことだから、ボーダーを超えられるような場所で活躍したらいいのでは」と言っていただきました。トイレのボーダーの引き直しに挑戦しています。

――モデルの仕事のやりがいは何ですか?
モデルの仕事は2018年から始めました。最初はLGBTQ+の人を撮影して写真展をするプロジェクトに呼んでいただきました。写真家のレスリー・キーさんに撮っていただき、その時、存在をアピールすることは大事だと知りました。
ヘアサロンのモデル、企業の広告モデルも務めています。今は、存在を知ってもらうことに加えて、共存へのプロセスを模索しています。一緒にいたい、一緒に働きたい、一緒に勉強したいと思ってもらえること、ですね。そういう存在になっていくために、モデルという仕事はうってつけだと思います。存在を示すだけなら、インタビューに答えていればいいけれど、その一歩先に進むためにモデルとしての活動も続けようと思っています。

――サリーさんが目指すのはどんな社会ですか
LGBTQ+のことを発信して、えらいねと言われることがよくあります。私にとっては自分の課題がたまたま「LGBTQ+」だっただけです。すべての人が、自分のそれぞれの視点から感じる世の中の課題について解決方法を提示していける時代になればいいなと思っています。(聞き手・読売新聞メディア局 野倉早奈恵)