【ドキュメント】フリースタイル分娩、絶望から希望まで出産の軌跡

先月、第2子となる男の子を出産しました。日本は「世界一赤ちゃんが安全に生まれてくる国」と言われるくらい、周産期死亡率、妊産婦死亡率、新生児死亡率が低いです。とはいえ、出産は命がけ。初めての出産の痛みをすでに忘れ、余裕に構えていた私は、改めて「生まれてくることは、けっして当たり前ではない」と強く感じました。今回の出産を振り返ります。

出産の方法は色々あります。主に、自然に陣痛が始まる自然分娩や、麻酔で痛みを和らげる無痛分娩などの経膣けいちつ分娩、あらかじめ手術日を決め、外科的手術で出産する予定帝王切開のほか、緊急に手術で胎児を取り出す必要がある緊急帝王切開などがあります。

今回私が挑戦したのは、「フリースタイル分娩」。分娩台ではなく、横向きに寝た状態や四つんいなど、自分にとって負担や痛みが少ないと感じる姿勢で産むものです。

第1子の時は、出産予定日を大幅に過ぎたため、経膣での計画分娩でしたが、今回は、夫と長女(3歳)の立ち会いのもと、フリースタイルな自然分娩で臨みました。

絶望と希望の出産ルポ

02:47  陣痛(10分以内の痛みを伴うおなかの張り)が始まる。
02:57  「このまま入院するだろうから」と思い、リラックスするためにお風呂に入る。お風呂でゆっくりYouTubeを見ながら温まる。まだ余裕。
03:30  陣痛の間隔が短くなってきたため、産院に連絡。車で、早めに向かうことに。
04:00  夫の運転で、寝ている長女も連れて産院に向けて出発。5分間隔くらいで痛む。
04:50  入院
07:00  おなかがすいたので病院の朝食を食べる。完食するほど元気。「自然分娩の陣痛はこんなに楽なのか」と勘違い。
09:00  温浴の「よもぎ蒸し」をやってみる。陣痛は続いているものの、楽しむ余裕はある。発汗して体が温まって心地よい。
12:00  痛みがあまりにも強くなり、昼食はほぼ食べることができない。
12:30  助産師さんにスクワットを勧められ、頑張ってやるも痛すぎて心が折れる。馬乗りになれる椅子に座ってみるが、意識がもうろうとしてくる。
13:00  痛みの緩和になるからと、助産師さんに付き添ってもらってお風呂で温まる。少しは和らいだものの、それでも泣けるくらい痛い。助産師さんが優しくて、さらに泣ける。痛みのない夫が、何も悪くないのにムカつくという感覚になった。
15:00  「痛い」という言葉はあまりにも陳腐だ、と心から感じる。ただ「絶望」の2文字が頭の中を埋め尽くす。苦しい。やめたい。「体力の限界だ」と助産師さんに伝えると、「もう少しだよ」と言われ、その言葉を頼りにもう少し耐えてみる。しかし、やはり耐えがたく「やめる方法がないか」と聞いてみたけど、当然ない。心が折れた。苦しい。もう何も考えられない。でも、助産師さんに「会陰えいんがすごくよく伸びてるよ!」と言われ、これまでのマッサージなどのケアの効果が感じられ、うれしくなる。
16:45  頭が出てくる! もうここまでくると痛みはないくらい。全力で最後の力を振り絞る。
16:47  出産。和室で様々なスタイルを試しつつ、最終的には体力が尽きたので布団に寝転がった仰向けの状態だった。助産師さんに手伝ってもらいながら、自分で赤ちゃんに手を差し伸べて、とりあげる。終わった……。
元官僚で起業家の小林味愛さんが第2子を出産。フリースタイル分娩でのお産でした。陣痛開始から出産までの14時間にわたるドキュメントを振り返ります。
まだ陣痛が軽い頃の小林さん。フリースタイル分娩が可能な産院の和室で、長女とともに

命の誕生にどう向き合うか

陣痛が始まってからの14時間、耐えがたい痛みと苦しさでしたが、生まれてみると不思議なもので、「絶望」という感覚はケロッと忘れ、「希望」という感覚になっていきました。

夫の支えはもちろんですが、産院の助産師さんたちの優しさや、真摯しんしなサポートがとてもうれしく、お産という命がけの現場で人の温かさを感じました。陣痛に苦しむ私の姿に、長女はショックを受けてしまうのではないかと思いましたが、事前に毎日、話をしていたことで、怖がるどころか、むしろ学ぶように楽しく立ち会ってくれました。

出産は人それぞれで、誰かと比べるようなものではありません。「自然なお産がベスト」ではなく、リスクのある妊産婦に医療介入は必要ですし、思い描いていたような出産とは異なることもたくさんあると思います。どんなお産でも、新しい命の誕生にどう向き合うか。その姿勢が大切だと今回の出産を通して学びました。

さて、これからが本番。第2子の育児の始まりです。そこで、出産直後の夫の言葉を書き記しておきたいと思います。夫のこれからの育休生活が楽しみです。

~夫の言葉~

「産んでくれただけで、もう一生分の子育てのエネルギーは使い切ったと言ってもいいくらい。ここから後は、『自分が全部やるぞ』くらいの気概が必要だと思っている。実際は、社会にも頼りつつ分担しながらじゃないとまわらないけど、それでも気持ちとしては母乳以外全部やる、もとい、『母乳も出す』くらいの気持ちです」

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小林味愛プロフィル写真
小林 味愛(こばやし・みあい)
起業家

1987年東京都立川市生まれ。慶應義塾大学を卒業後、衆議院調査局入局、経済産業省出向、日本総合研究所を経て、福島県国見町で株式会社陽と人(ひとびと)を設立。福島県の地域資源をいかして、農産物の流通や加工品の企画販売など様々な事業を展開。あんぽ柿の製造工程で廃棄されていた柿の皮から抽出した成分を配合した国産デリケートゾーンケアブランド「明日 わたしは柿の木にのぼる」を立ち上げた。現在、3歳の娘と0歳の息子を育てながら福島県と東京都の2拠点生活を送る。

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