切手デザイナー吉川亜有美 3センチのキャンバスにつながった選択

吉川亜有美さん(36)は、日本に8人しかいない切手デザイナーの一人だ。3~4センチ四方のキャンバスに「小さな芸術品」を創り出している。志していた職業ではなかったが、節目節目の選択が、切手への縁をつないだ。

切手デザイナーの吉川亜有美さん
吉川綾美撮影

採用人数1人

子どもの頃から絵を描くことや、手芸のような細かい作業が好きでした。美大生の頃は立体造形が専門。父が電機メーカー勤めだった影響か、夢は「かっこいい白物家電をデザインすること」でした。

就職活動では夢破れ、世の中、甘くないと痛感。化粧品会社でデザイナーとして約3年働きました。26歳の時、今しかできないことをしたいと思い立ち、アメリカに語学留学。帰国後はフリーランスでパッケージデザインの仕事をしながら、陶芸教室に通いました。

転機は31歳だった2017年。日本郵便が切手デザイナーを数年ぶりに募集し、「採用人数1人のレアな求人」とSNSで話題になりました。その頃の私は、長男がまだ1歳で、ほぼ専業主婦。採用情報どころか切手デザイナーも知らなかったのですが、友人に勧められ、調べ始めました。

切手のデザイン手法は人それぞれです。デジタルで描いたり、水彩画や写真を用いたり。調べていた時、紙粘土で和食のミニチュアを作って撮影し、デザインした切手を見つけました。立体造形好きとして興味がわき、求人に応募。まさか採用されるとは思いませんでした。

「グルメ」提案

新しく発行される切手は年間約40件で、デザイナー8人で分担します。1件につき、多いときでは20種類以上の絵を描くため、案外忙しい。テーマの決まっている季節のグリーティングや記念切手のほか、デザイナーが企画提案する切手もあります。

2年前に企画した「おいしいにっぽんシリーズ」というご当地グルメものはその一つです。現地に行って実際に食べ、お店や地元の料理家の方に取材、料理への理解を深めてから描いています。切手は目に留まりやすいだけに、「ころきしめん」など、なじみのない料理名を見て「なんだろう?」って、会話のきっかけになればうれしいです。

切手デザイナーの吉川亜有美さんが手掛けた「おいしいにっぽんシリーズ」の切手
「おいしいにっぽんシリーズ」

大変だったのは育児との両立です。入社前に運良く職場近くの保育園に入れましたが、入社日に長男が発熱、初日に休む結果となりました。ベビーカーを押しての電車通勤も周囲の視線がきつく、自転車通勤に変えたほどです。

普通の会社のデザイナーは管理職になると実務作業から離れますが、切手デザイナーはずっと現役。60代の方もいます。この先も、見た人が笑顔になれるような切手を描き続けたいですね。巡り巡って今の仕事にたどり着いた経験から、あまり深く悩みすぎない方が人生うまくいくのかなって感じています。

◇  ◇  ◇

【取材後記】

取材のきっかけは、「日本郵政グループ」からの元日挨拶あいさつ状だった。挨拶状らしいまじめな、けれど温かみのあるポストの絵に、「すてきだね」と家族で会話が弾んだ。ふとイラストの横を見ると、吉川さんの名前と「切手デザイナー」の文字。どんな仕事なんだろう、と興味が湧いた。

取材では、吉川さんがこれまでに描いた、切手の原画となる水彩画を見せてもらうことができた。素人目には切手と原画の違いがわからなかったが、言われると気づくものも。「おいしいにっぽんシリーズ」のジンギスカンは、「ちょっと肉が足りないな……と思って」という吉川さんの言葉通り、肉の枚数が増えていた。

仕事の苦労話を聞くと、「長男のイヤイヤ期を思えば、苦労はそんなにないですね」と笑顔で語る。そんな長男も、来年には小学生。自分の時間ができたら、大好きだった陶芸を再開させるつもりだという。本職とは毛色が違う気がするが、物作りをすると普段と違う物の見え方がするそうで、「仕事にも良い影響があるかも」。陶芸がきっかけでできた切手デザイン、いつかぜひ見てみたい。(読売新聞社会部 田辺里咲)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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吉川亜有美(よしかわ・あゆみ)

1985年、福岡県生まれ。化粧品のパッケージデザイナーなどを経て2017年に切手デザイナーに。代表作に「おいしいにっぽんシリーズ」。今年の元日挨拶状で丸型ポストのイラストを担当した。

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