リカ・イシゲさん 会社員から格闘家に「これが私の道」

東南アジアのタイで、プロの総合格闘家として活躍するリカ・イシゲさん(33)は、日本人とタイ人のハーフ。空手を始めていじめを克服、会社員から一大決心をし、格闘家の道に進んだ。指導にも力を入れ、タイで総合格闘技の素晴らしさを伝えようと意気込んでいる。リカ・イシゲさん

空手習って自信

日本人の父とタイ人の母の間に生まれました。武道との出会いは12歳の時。通っていた首都バンコクの中学でいじめにあったのがきっかけでした。私の名前が他の子と違うという理由などで、先輩にたたかれたこともありました。

自分の身を守るため、空手を始めました。テレビで父と様々な格闘技を見ていたのですが、その中で空手の動きが「格好いい」と思ったのが理由です。習ったことで自信が持てるようになり、いじめもなくなりました。

高校以降は武道から離れ、大学卒業後は法律事務所の秘書や企業の広報として勤務。25歳の頃、体力づくりのため別の大学の空手クラブに参加し始め、仲間から総合格闘技を勧められました。

立ち技最強のムエタイや敵をロックして投げるのに最適なレスリングなど、総合格闘技には様々な格闘技、スポーツのいい面がたくさん含まれている。観客を喜ばせようとするショーの要素も魅力で、のめり込みました。

27歳でデビュー

リカ・イシゲさん力試しにアマチュア大会に出てみたら優勝。「これが私の道」と確信しました。退職して27歳でプロデビュー。初戦で勝ち、「タイ初の本格的な女性総合格闘家」などと、注目されるようになりました。

新しい道に進むことに恐れはありません。私のすることが他の人と違ってもおかしくない。私がユニークだということ。他の人と同じになりたいと思っても幸せにはなれません。自分らしく、何をしたいかが大事だと思います。

武道のおかげで、自信が持てるようになり、夜更かしなど、不規則だった生活も改善できました。世界中からムエタイなどを学びに来る選手たちと出会い、友達も増えました。

一方、試合で結果を出せず、格闘技から離れたくなったこともあります。30歳の時、日本での試合で寝技に持ち込まれてギブアップ、一本負けしたことがあります。もっと粘れたはずなのに、とひどく落ち込みました。

コロナ禍の影響でこの1年半は大幅に試合数が減りました。そこで始めたのが、人に教えるという挑戦です。

総合格闘技を一般の人に教えてみると、基本に立ち返ることができ、スキルアップにつながると気付きました。ゆくゆくは指導者の道にも進みたいと思っていたので、楽しんでいます。タイでは格闘技といえばムエタイ。ほとんどの人が総合格闘技は暴力だと思っていますが、実は素晴らしいスポーツ。多くの人に魅力を伝えていきたいです。

◇  ◇  ◇

【取材後記】

取材に先立ち、リカ・イシゲさんの試合を動画で拝見した。相手のパンチにも臆せず、159センチの小柄な身体からハイキックや寝技、絞め技と息つく間もなく技を繰り出していく姿が印象的だった。試合中に意識にあるのは「目の前の対戦相手とコーチの声だけ」で、その時は痛みもほとんど感じないそうだ。

試合中の鬼気迫る姿から一転して、インタビューでは終始笑顔を絶やさず、市民を対象にした総合格闘技の指導イベントでも足の運びやパンチの繰り出し方を丁寧に教える物腰のやわらかい女性だった。試合前にはセーラームーンなどのコスプレ姿で観客を沸かすのが恒例。人を楽しませるのが好きなのかなと思っていたが、「試合前に緊張をほぐすのにちょうどいいから、私のためです」と笑う。

他人を喜ばせるためではなく「ただ自分らしく生きて、この世界を美しくする」。リカ・イシゲさんが好きな言葉の一つだ。何かと周りの「空気」を読んでしまいがちな現代だが、自分を押し殺さず、周りの人も幸せにできるようになれたら、とリカ・イシゲさんに理想の姿勢を見た気がする。(バンコク支局 津田知子、写真も)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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リカ・イシゲ

1989年、タイ・バンコク生まれ。12歳から空手と合気道を学ぶ。会社員などを経て2017年に総合格闘家に。ニックネームは「タイニードール」(小さな人形)。

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