女性は長生きなのに、低賃金・低年金になってしまいがちです。コラム「働く女性と社会保障」は、超長寿時代を生き抜く上で必要な社会保障の知識や仕組みを、読売新聞の猪熊律子編集委員が解説します。非正規雇用という働き方、出産や育児に関する制度、老後の年金保障など、働く女性に知っておいてほしいテーマを順次、取り上げていきます。
「労働時間」を巡って、こんな疑問を持たれたことはありませんか?
「ウチの会社では、始業前に着替えを済ませ、机の上を掃除しておかなければならないんだけど、これって労働時間に含まれないの?」
実はこうした疑問はみんなが持つようで、裁判になったケースもあります。見てみましょう。
「労働時間」とは何か?
ここで見るのは、最高裁までいった造船所で働く社員のケースです。
この会社の就業規則では、労働時間は午前8時から午後5時まで。途中、1時間の休憩があります。始業に間に合うように更衣室で着替えをし、保護具や工具などの装着を済ませ、始業時には体操をする場所にいることになっていました。粉じんが立つのを防ぐために、始業前に水をまくことなどを命じられていた社員もいました。終業時刻後に再び更衣室で着替えをして、洗面をし、入浴して会社の外に出ます。
裁判では、着替えや保護具などの装着、水まき、洗面などが労働時間に含まれるのか、そうでないのかが争われました。ここで問題になるのが「労働時間とは何か?」ということです。
判例では、労働時間について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」としています。
つまり、客観的に使用者の指揮命令下に置かれている時間であれば、労働時間にあたるということですね。

判例では続けて「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務づけられ、またはこれを余儀なくされた時は、その行為を所定労働時間外に行うものとされている場合でも、その行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。その行為に要した時間は、それが社会通念上、必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」と述べています。
これに照らし合わせて、今回の訴えを検討すると、始業時刻前の着替えや保護具などの装着、水まき、終業時刻後の着替えなどは労働時間に該当するとしています。ただし、終業時刻後の洗面や入浴に関しては、所内の施設で洗面や入浴をすることは義務づけられたものではなく、入浴しなければ通勤が著しく困難であるとまではいえないとして、これは労働時間にあたらないとしています。ご紹介したのは最高裁の判決です(三菱重工業長崎造船所事件 最高裁判所第一小法廷平成12年3月9日判決)。
夜勤中の仮眠…寝ていても労働時間?
もう一つ、例を挙げましょう。夜勤時に仮眠をしている時間は労働時間にあたるか、それとも寝ているのだから労働時間にはあたらないのでしょうか?
これも最高裁の判決があります。ビル管理会社の社員のケースです。技術系社員が泊まり勤務をする際、連続7時間ないし9時間の仮眠時間が設定されていました。これが労働時間にあたるかどうかが争われたケースです。
労働時間については、先に述べたものと同じ考え方が取られています。
判例では「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(不活動仮眠時間)が労基法上の労働時間にあたるか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである」としています。
そして「不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて、初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」と述べています。
「労働」から解放されているか否か
この会社の場合、仮眠中、労働契約に基づく義務として、仮眠室で待機していることや、警報や電話などへ直ちに対応することなどが義務とされていました。また、そうした対応の必要可能性がゼロではなかったことから、「労働からの解放が保障されているとはいえず、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである」としています(大星ビル管理事件 最高裁判所第一小法廷平成14年2月28日判決)。
関連して、地裁判決ですが、深夜のビル警備業務に2人1組であたる社員のうち、防災センター裏にある仮眠室で仮眠を取る社員の場合は労働時間に該当する一方、防災センターとは別の場所にある仮眠室で仮眠を取る社員は労働時間に当たらないとした裁判例があります(日本ビル・メンテナンス事件 東京地方裁判所平成18年8月7日判決)。
後者の場合は前者と違い、警報装置がなく、ベッドがある独立した部屋で、常に業務への対応を求められていたとは認められないとされたものです。
こうしてみてくると、「客観的に使用者の指揮命令下にあるかどうか」が大事なポイントであることがわかります。たとえ就業規則などで労働時間外と書いてあっても、客観的に指揮命令下にあり、使用者からその行為を義務づけられ、または、余儀なくされたなど、労働からの解放が保障されていなければ、労働基準法上の労働時間にあたるといえそうです。
労働時間にあたるかどうかで、賃金が変わってくる場合もありますから、自分の仕事内容を折に触れて確認してみることは大事ですね。
参考文献
◇三菱重工業長崎造船所事件最高裁判決について
◇大星ビル管理事件最高裁判決について