玄理、「パリの女は謝らない」を格好いいと思ってたけれど

Thank youとSorryだったら、どちらがなじみのある言葉ですか? 日本では「ごめんなさい」だけの意味合いじゃない「すみません」を日常よく使うから、そういう意味では謝ってる人の方が多いのかなって気もする。

何年か前、母と私の友人と食事をした時、お酒の入った母がぽろっとこんなことを言った。「この子(私のこと)は明るいし、ちゃんとありがとうって言えるし良い子に育ったなあって思うけど、謝るのが苦手なのよ。自分が悪いと思っても悪くないと思っても、先に謝りなさい。それがスムーズな人間関係を作るの」。苦笑するしかなかった。かくいう母も、謝ってるところはあまり記憶にない。

私にも言い分がある。本当に申し訳ないと思った時は、もちろん私だって率先して謝る。でも、心から悪いと思ってないのにとりあえず「ごめん」と言うのは相手をばかにしてる気がする。誠実じゃない気がする。ちゃんと納得がいった時に心の底から謝りたい。

思えば小さい頃から、私は弟と対照的な性格で、親から「~しなさい/ 直しなさい」と言われた時、それが出来ると思えば「分かった」と言い、無理だと思ったらてこでもうんとは言わず余計怒られた。けど約束したものは結構素直に愚直に守ってたと思う。反対に弟はなんにでも気持ちよく返事し、でも気の向かないことはやらないタイプだった。要領が良いのだ。

おまけに、私には強烈な思い出がある。大学生の頃、友達と二人でパリに行った。家族以外の誰かと海外旅行にいくのは初めてで、それはそれは楽しかった。パリの街並みは美しく地図を片手に20区内のありとあらゆる場所をクタクタになるまで歩き回った。ある日、休憩しようとテラス席のあるカフェに入った時のこと。パリのランチは日本に比べて結構高い。メインを食べて、デザートが運ばれてきたが、オーダーしたものと違った。注文を取ってくれたお姉さんにその旨を伝えると予想外の反応が返ってきた。「あなたが頼んだのはこれよ」の一点張りなのだ。いや、違うって言ってるじゃん。揚げ句の果てにそのお姉さんは「あんたたちの英語は聞き取れない!」と吐き捨てて去っていった。

リヨンのカフェで(玄理さん撮影)
フランス旅行で立ち寄ったカフェで(玄理さん撮影)

一緒にいる友人は、イギリス生まれの帰国子女である。最終的に店長らしき人が対応してくれたが「こっちのデザートもおいしいよ?」とウィンクしてくるのだった。日本だったら「すみません」どころか「申し訳ございません」と丁重に謝り速攻でメニューを取り換えてくれただろう。笑えてきたし、ここまでくるとあっぱれ、というか絶対自分に非があるのに頑としてそれを認めない敵に塩を送りたい気持ちになった。こうして、背景のオシャレさも相まってか「パリの女は謝らない」ニアリーイコール「格好いい」と生まれたてのひよこのごとく、思春期の私に刷り込みが入ったのである。

謝る人の方が人生うまくいきそう

さて母との食事があった数日後、私は別の友人にくだんの話をしてみた。彼女は広告代理店に勤めていて、こんな話をしてくれた。彼女の上司のAさんは随分偉い役職なのだが、取引先とのトラブルや部下のミスがあるとそれはそれは早く謝るという。「どうしてそんな謝るんですか?」と聞いたら、「それが俺の仕事だし、頭を下げるたびにお金の音がするんだ。チャリーンって」と笑ってたという。ちなみにAさんはとても仕事ができる上、部下からの人望もすこぶる厚いらしいのだ。

そして先日、J-WAVEのBITS&BOBS TOKYOという番組のラジオドラマに出演した。この番組はクリエイティブディレクターの高崎卓馬さんが書くショートストーリーとトークからなる30分の番組で、毎月変わるゲストの俳優が4週にわたって様々な役に挑戦する。楽しかった収録もさることながら、オンエアの仕上がりも素晴らしく、毎週私も楽しみに聞いている。

ある週、高崎さんがこんな話をしていた。20代で血気盛んだった頃、仕事のトラブルがあった際、上司に「とりあえず謝れ」と言われた。その時は納得がいかず渋々メールで謝ったけど、お陰でその後トラブルの相手とは唯一無二の関係になれたし今もとても仲良くしている、と。

古代ローマ時代の劇場跡
フランス南東部、パリに次ぐ第2の都市とされるリヨンに足を延ばして。古代ローマ時代の劇場跡が残っている(玄理さん撮影)

もちろん職業によって慣わしや考え方も違ってくるのだろうが、ここまで来るとどう考えても謝る人の方が人生うまくいきそうである。

先に述べた私の、「その場を取り繕うために適当に謝るのはそれはそれで不誠実」という考えはひょっとして取るに足らないものなのだろうか。どこか整合点はないものか。誰か教えてくれないか。私は不器用すぎて高倉健なのか。そもそもけんかや争いというのは、自分が正しいと双方思っているから起こるわけで。それでも、私の方が正しいという考えをグッと抑えて、自分にも多かれ少なかれある非を先に認める、ということなのだろうなあ。

最近は自分のこだわりよりも、率先して……なるべく早く……心から謝れるようになりたいな、と思うようになってきた。

皆さんは「謝ること」についての持論、お持ちだろうか。

玄理さんのコラムはこちら

俳優の玄理さん
玄理(ヒョンリ)

俳優

1986年、東京生まれ。中学校時代にイギリスに短期留学。大学在学中、留学先の韓国の大学で演技を専攻。日本語、英語、韓国語のトライリンガル。2014年、映画「水の声を聞く」に主演し、第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞などを受賞。17年にソウル国際ドラマアワードにてアジアスタープライズを受賞。近年の出演作に映画「スパイの妻」、「偶然と想像」、ドラマ「君と世界が終わる日に」などがある。ラジオ番組「ACROSS THE SKY」(J-WAVE)でナビゲーターを務めている。

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