サイバーセキュリティー企業で活躍する女性が大切にする境界線とは

ロシアのウクライナ侵攻で、サイバー攻撃が相手国の政府や国民を混乱させるための「武器」として使われるなど、サイバーセキュリティーへの関心が国際的に官民で高まっています。この分野で、女性はまだ少数派です。3月8日の国際女性デーにあわせて、オランダでセキュリティーソフト会社の最高情報セキュリティー責任者(CISO)として活躍するジャヤ・バルーさんに、IT分野での女性の活躍に大切なことを聞きました。

バルーさんは、暗号化の技術などオンラインでのコミュニケーションの安全を図る技術に精通し、20年以上にわたってサイバーセキュリティー対策の進化に尽力してきました。現在、オランダに住み、9歳、13歳、15歳の3人の子供を育てながら、ウイルス対策ソフトなどで知られるアバストソフトウェア社(本社・チェコ)で陣頭指揮をとっています。

バルーさんがインターネットの世界に深くかかわるようになったきっかけは、9歳の時の小さな出来事でした。たくさんの人と話ができるからと、チャットができるパソコン通信にのめり込み、バルーさんの親が接続を切ってしまったというのです。

「当時はまだダイヤルアップ接続と言って、電話回線のモデムをパソコンにつないでインターネットを利用するのが一般的でした。どうしたらもう一度接続できるのか、自分でプログラムを書いてみることにしたのです。住んでいる地域のコードを使って、それに数字を書き足してダイヤルし、掲示板につながるまで試すという初歩的なものでした。『必要は発明の母』ということですね」と振り返ります。

そして10代の頃、少年が「ハッカー」として様々なシステムに入り込み、問題を解決していく様子を描いたテレビ番組に衝撃を受け、インターネットの世界に生涯関わろうと決意しました。

バルーさんが働き始めた当初、IT分野に携わる女性は多くはありませんでした。子育てをしながら、どのように道を切り開いてきたのでしょうか。

メンターから学んだこと

その鍵のひとつが、「メンター」です。かつて勤めていた会社で、女性の先輩が「私があなたのメンターになる」と言ってくれたそうです。「彼女から学んだのは、『境界をなくすのはよくない』ということです。周囲に評価されようとして、深夜まで働いてくれとか、追加でこの仕事もやってくれといった要求を全部引き受けてしまえば、家庭を顧みる時間はなくなり、自分が壊れてしまいます」。その女性とは、今もランチを共にする良い関係が続いています。

ジャヤ・バルーさん
ジャヤ・バルーさん(アバストソフトウェア社提供)

そして、次は自分が、助言を欲している女性のメンターになろうと努めてきました。「誰でもキャリアを重ねていく中で、人生のステージが変わっていきます。女性はともすると自身を過小評価する傾向があります。だからこそ、経験を積んだうえでのサポートや励ましは、とても大切です」

もう一つ重要なことは、多様性を重んじる企業文化を育むことだといいます。インドで生まれ、米国で教育を受け、オランダで活躍するバルーさんは、自分の適性や能力をアピールしながら仕事を得て、その仕事を成功に導いてきました。そうして、仕事の遂行力には性別や人種は関係ないことを証明してきたのです。

「男性の上司から、『女性という異なる存在がいるから、自分たちの行動を考え直すことにつながる』と言われ、自分自身の多様なバックグラウンドが生きていることを感じました。今では、企業の経営陣に一定数の女性を入れることが義務化されるなど、確実に社会は良い方向へ向かっています。望ましいのは、性別などにかかわらず互いの力を評価し合い、良い議論を行う環境を作っていくことです」

古都のロボットに見る日本への期待

経済協力開発機構(OECD)によると、2015年に日本で科学技術分野の学士号を取得した人のうち、女性の割合は154%で、インド(404%)や米国(363%)などを大きく下回っています。内閣府が昨年まとめた男女共同参画白書でも、科学技術分野の研究者に占める女性の割合は169%にとどまるとされています。中でもITを含む工学分野では119%と、医学や理学に比べても低くなります。「理系分野は男性が選ぶもの」という先入観が根強いことが背景に指摘されており、日本政府は科学、技術、工学、数学と教養を学ぶ「STEAM教育」での女性の支援に力を入れ始めました。

バルーさんは、日本の今後に期待感を持っています。「かつて京都に滞在したことがありますが、恋に落ちたような気分でした。寺院などに見られるような素晴らしい伝統を守りながら、どんな観光地や店でもロボットがサービスに当たっていて最先端の技術が見られ、その両方が共存していることに感銘を受けました。そんな柔軟な日本だからこそ、女性が志を持って、様々な分野で活躍できる可能性は大きいと思います」と語ります。

そのうえで、日本の女性たちにこうエールを送ります。「新型コロナウイルスの影響でリモートワークが進みました。もちろん、仕事をしながら子どもの昼食を作ったりすることは簡単ではありません。でも、仕事と生活がイコールなわけでもありません。子育ても次の世代を育てるという大事な『仕事』です。コロナ禍に伴う大きな変化は、人が人生を見直すきっかけになりました。過去の失敗や経験を土台に、よりよい変化を促していきましょう」

(読売新聞国際部 梁田真樹子)

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Jaya Baloo(ジャヤ・バルー)
アバストソフトウェア社CISO

インド出身、米国育ち。米タフツ大を卒業。 オランダの国家サイバーセキュリティーセンターや、オランダ社会保険銀行のIT委員会などのメンバーを歴任。同国の通信企業・KPNCISOを務めていた2017年、世界のトップ100CIOSに選ばれる。2019年、アバストソフトウェア社にCISOとして入社。同年、オランダで科学技術分野での多様性向上を目指す非営利団体から、オランダで最も影響力のある女性50人に選ばれた。

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