「彼ごはん」の料理家SHIORIさん、息子を授かって決めたこと

「彼に作る料理」がテーマのレシピ本「作ってあげたい彼ごはん」を22歳で出版し、シリーズ累計300万部を記録した料理家のSHIORIさん(37)。第一線を駆けてきたが、先天性難聴の息子(2)の出産を機に働き方を見直し、新たな挑戦を始めた。

SHIORIさん
吉川綾美撮影

失恋が契機に

料理を一生の仕事にしようと決めたのは20歳のとき。就活に失敗し、「いつか結婚を」と思っていた彼にふられたことがきっかけです。将来の目標がなく、自分は何が好きか自問しました。

よみがえってきたのは、彼にお弁当を作ったら大喜びされた記憶。料理上手な母の影響で、料理は得意でした。当時、レシピ本は主婦向けが主流。もっと初心者に寄り添い、若い子目線で作られたレシピ本が必要と思い、何社もの出版社に持ち込んだのが「彼ごはん」でした。

本が売れた後、2年間ほど海外で家庭料理を学び、29歳で東京・代官山に教室を持ちました。友人の家に招かれたような雰囲気を大事にして、レッスンは乾杯からスタート。調理中、積極的に味見を取り入れるなど、こだわりました。「家族や彼に喜ばれた」という生徒からの声は励みになりました。料理番組への出演などもあり、仕事が生きがいになっていきました。

先天性難聴

SHIORIさん
SHIORIさん

そのため、第1子を授かったときも「母になってもばりばり働こう」と思っていました。ところが産後、息子の耳が聞こえない可能性があるとわかりました。先天性難聴は早期療育が重要とされ、離職し療育に専念する親も多い。息子の将来や今後の仕事を考えると不安で涙が止まりませんでした。

生後3か月で診断が出た日は、病院帰りに寄った公園で夫と2人でわんわん泣き、「必ず息子をハッピーボーイに育てよう」と誓い合いました。息子との時間を大切に。でも、自分の仕事もできることを一生懸命やる。そう決めました。

36歳で思い入れのあった教室を手放すことを決意。本作りも時間がかかるため当分は難しい。そうなるとおのずと家のキッチンが職場になります。インスタグラムで簡単な家庭料理の手順を動画で公開すると、コロナ禍でおうち時間が増えた人たちに喜ばれました。

一昨年から始めたオンラインレッスンには、現在、約1万人が参加しています。遠方の人にも料理の楽しさを伝えられる場となり、新たな道が開けた思いです。息子は週3回、療育施設に通っています。人工内耳を入れる手術も受け、音楽にあわせて踊り、発語も増えてきました。

人生は思いがけない方向に進むこともある。でも、出来ないことを嘆いていても仕方がない。今できることを全力で、私らしく歩んでいきたいと思っています。

◇  ◇  ◇

【取材後記】

若い頃に成功し、華々しく活躍しているように見えるSHIORIさん。取材中、「国内で料理の学校を卒業しておらず、本格的に学んでいないことが、20代のときはコンプレックスだった」と教えてくれた。

「このままでは、長く仕事を続けられないかもしれない」と、引退まで悩んだこともあるという。20代後半で、海外での料理修業を始めたのは、学びを深め、こうした引け目を 払拭 ふっしょくするためだった。そこで自信を得たからこそ、今なお多くの人に料理の楽しさを伝え続ける力を持っているのだと思う。

仕事をしていて、「自分には向いていないのでは」「辞めようか」といった悩みを持つ人も少なくないだろう。困難な壁にぶつかったとき、逃げ出さず、前向きな方法で乗り越えていく姿勢にSHIORIさんの芯の強さを感じた。

ちなみに、「息子さんが好きな手料理は?」の質問には、「素うどん。手が込んだものを作っても、食べてくれなくて」。料理のプロが作っても、子どもは思うように食べてくれないものらしい。SHIORIさんのおちゃめな笑みに、同じく育児中の記者は救われる思いがした。(読売新聞編集局 野口季瑛)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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SHIORI(しおり)
料理家

1984年生まれ。短大卒業後、料理家の助手を経て、2007年に「作ってあげたい彼ごはん」(宝島社)出版。シリーズは9作にのぼる。今は月額制のオンライン料理教室を開く。

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