シシド・カフカ 「ハンドサイン」学び、音楽が楽しい原点に戻る

ミュージシャンのシシド・カフカさんは4年前、新たな音楽表現に挑戦するため、アルゼンチンに短期留学した。30代になって、音楽が楽しいと思える原点に戻ろうと、手の合図でみんなが打楽器で即興演奏する「ハンドサイン」を学んだ。

ミュージシャンのシシド・カフカさん

ドラマーに憧れ

ドラマーになりたいなと思ったのは、10歳の時。当時は音楽が好きというよりも、スポットライトが当たらないけれど、バンドを後ろから援護するような立ち位置に憧れていました。

ドラムを始めたのは、父親の仕事でアルゼンチンに住んでいた中学生の頃です。スペイン語がわからず、友達ができないのを見かねた両親が、ずっと欲しかったドラムセットを買ってくれました。先生について基礎を習った後、タンゴからラテン音楽全般を学びました。最後に習ったロックで「これだ!」と感じて、そこからはロック一筋です。

18歳からプロのバンドで活動を始め、その後、27歳の時にドラムをたたきながら歌うドラムボーカルのスタイルでCDデビューしました。歌手としては遅いデビューだったこともあり、肩に力が入りっぱなしでした。理想の自分と現実とのギャップが苦しくて。楽しもうとライブを見に行っても、研究をするように見てしまいました。

アルゼンチンへ

音楽が純粋に楽しいと思えた原点に戻りたい。そんな思いがいつもどこかにあったのか、2015年にテレビの撮影で訪れたアルゼンチンで見たライブを折に触れて思い出しました。「ハンドサイン」といい、100種を超える手の合図で、大勢のパーカッション奏者が即興で演奏するというものです。ミュージシャンのシシド・カフカさん

現地では、定期的に街中で開かれる野外イベントとしてみんなに親しまれています。演奏を聴きながら、友人と語り合ってもいいし、お酒や食事、ダンスや卓球だって自由に楽しんでいい。こういう空間が日本にもあればいいのに、と思っていました。

音楽活動に行き詰まりを感じる中で、新しいことに挑戦したい気持ちもありました。やるからにはきちんと学びたい。18年春、「ハンドサイン」の考案者、サンティアゴ・バスケスさんに師事するため、アルゼンチンに2か月留学しました。

2か月で習得できるのか不安はあったものの、何事も新鮮で、学ぶのは本当に楽しかった。ハンドサインでは、演奏に不正解がないんです。「この方がかっこいいんじゃない?」と言わんばかりに、奏者がサインと違う演奏をし始めて、指揮者が「それいいね」と追随して、面白い音楽が生まれることもあります。

今は、ハンドサインの音楽集団「eltempo」を主宰し、昨年の東京パラリンピック閉会式で披露しました。いつか、アルゼンチンで味わったあの楽しさを、日本に合う形で再現することを目指しています。

◇ ◇ ◇

【取材後記】

「何事もこなしてしまう、完璧な女性」というイメージを持っていた。ドラマーとしての姿、パラリンピックの閉会式でハンドサインを披露する姿に加えて、昨年放送されたドラマ「レッドアイズ 監視捜査班」で華麗なアクションを見せる姿も、一視聴者として楽しみにしていたからだ。
ただ、本人にそのことを伝えると、「ドラマのオファーがあった時、『できないですよ』と一度はアクションを断っていたんです」と話していて、驚いた。さっぱりとした雰囲気だが、取材の会話の端々で、どこか奥ゆかしさを感じた。
ドラマーを志した時も、「目立ちたいけれど、主役の柄じゃない。でも、裏方ではなく、ステージに立ちたい」という心境だったそうだ。多くの人が感じるような気持ちで、親近感を抱いた。
シシドさんは今年でデビュー10周年。「力が抜けている今だからこそ、ドラムボーカルをもう1回やったら、面白いことがあるかも」と語る。なるほど、20代で経験したことを深掘りし、原点に戻るのも“30代の挑戦”かもしれない。(読売新聞社会部 田辺里咲)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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シシド・カフカ

1985年、メキシコ生まれ。18歳からプロのバンドで活動を始める。女優やモデルとしても活躍中。主宰する音楽集団「eltempo(エル・テンポ)」のイベントが2月に大阪、3月に横浜で開かれる。

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