誰も傷つかない笑いを探したら、相方を扱いづらいと感じ悲しくなった

大みそか恒例の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!絶対に笑ってはいけないシリーズ」(日本テレビ系)の休止が9月20日発表された。休止の理由を巡って、ネットでは「内容がマンネリ化している」「メンバーの高齢化」などのほか、「お尻をたたいて、痛めつけるのが本当に面白い?」「人の名前をネタに笑うのは人権侵害」といった演出を問題視する声もあった。

このニュースを見たとき、僕はロシア人の母を思い出した。テレビでお笑い芸人が頭をたたいてツッコミをする姿を見るたび、彼女は「これ何が面白い?頭たたいて失礼じゃない?」と言っていた。

おかしなことを言う「ボケ」役と、それがおかしいと「ツッコミ」役が指摘する関西のお笑いは世界的にも独特なのかもしれない。笑いの歴史の中で「ツッコミ」は多種多様な方法が生み出され、「頭をたたく」スタイルは定番の一つとなった。頭をたたかれることは最大級の屈辱と考えるロシア文化で育った母にとって、日本のテレビで日常的に見るその光景は異様だったのだろう。

そもそもロシアのコメディー文化には、日本でいうところの「ボケ役」しかいない場合が多い。変なことを言うコメディアンがいて、そのおかしさに気づいた観客が頭の中でツッコミ、くすくす笑う。ロシアのコメディー番組は、見ているとどうしても頭を使ってしまう。「ん?今の何がおかしいんだろう? ああ、こういうことか、なるほどな」という感じだ。欧米のブラックユーモアも、これに近いのではないだろうか。正直僕にとってはハードルが高い。

一方、ボケとツッコミがいる日本の「お笑い」は、ツッコミ役がどこがおかしいかを解説してくれる親切なコメディーなのだ。気楽に見られるからこそ、幅広い世代に娯楽として広まっているのだと思う。不謹慎な表現や行き過ぎた言い回しでも、ツッコミが強く否定することで「お約束」の展開として、批判や炎上をかわす機能も果たす。それに甘えすぎて、とんでもないことを言って炎上する芸人さんもいるが。

優しくなでるようなツッコミに好感

関西で育ち、このボケとツッコミに幼いころから接してきた僕は、日常会話でも無意識にツッコミを取り入れてしまうほど愛着を持っている。ロシア人女性の中庭アレクサンドラ(アレちゃん)と「ピロシキーズ」というコンビで投稿しているYouTubeの動画でも、一方がボケれば、もう一方がツッコミを入れる。外国人なのに阿吽あうんの呼吸で成立しているボケツッコミは、視聴者の目に新鮮に映るのか、おかげさまで好評をいただいている。

ただ、以前はなんとも思わなかったボケの頭を思いっきりたたく行為に、「そんなに強くたたく必要ある?」と自分自身、疑問を持つようになってきたのだ。じゃあ、「たたかなければいいじゃん」と言われるかもしれないが、肝心のツッコミどころで適切な言葉を瞬時に見つけるのは簡単ではない。うまいこと言ってツッコミができない場合、「やめろや~」と言ってボケの頭をたたけば、それなりに楽しい雰囲気になって笑いを成立させられる。つまり、この頭をたたく行為は、実は素人ほど安易に頼ってしまう一面もある。

そこで、アレちゃんと、「相手の頭をたたく時は、優しくゆっくりとなでるようにして、たたいていないと視聴者が分かるようにしよう」と決めた。これによって、「ブラスの頭をたたくとき、アレちゃんが優しく配慮しているのが好き」という好意的なコメントを多くもらうようになった。工夫次第で視聴者の受け止め方も変わるものだと感じた。

ところが、優しくなでるかのようなツッコミであっても、「男性が女性に手をあげるのはいかがなものか!」とお叱りをいただくこともある。全力でひっぱたいているなら、腕力の男女差で女性がケガをしかねないと心配するのも理解できる。でも、なでるようなツッコミに性差を意識する必要があるのだろうか。

かと思えば、「アレちゃんはもっとブラスを強くたたくべきだ。そのほうが面白い!」という前時代的な笑いをリクエストするコメントもある。たたかれるのが男性であれば、容赦なくやってほしいと求める人は決して少なくない。

いったい、どうするのが「正解」なのだろうか。率直に言えば、訳が分からない。

「表現の過渡期」にある今、僕はなるべく相方へツッコミをしないように気をつけ、自分は優しくたたかれるという状態にとどまっている。そんなこんなで、女性である相方を扱いづらいと一方的に感じてしまう自分が悲しい。

YouTubeで動画配信する「ピロシキーズ」の2人
「ピロシキーズ」としてYouTubeで動画を配信する小原ブラスさん(左)と中庭アレクサンドラさん(YouTubeより)

爆笑した話に笑えない懸念

こんな端くれYouTuberですら、こんなにも表現方法に悩んでいるのだから、テレビに出るお笑い芸人さんたちはもっと頭を抱えているのは想像に難くない。

放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は8月下旬、「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー番組」について審議することを決めた。苦痛を笑いのネタにする各番組へ、「不快に思う」「いじめを助長する」といった意見が継続的に寄せられていることを踏まえた、としている。

BPOの審議は、頭をたたくツッコミだけでなく、ドッキリや罰ゲームも含まれる。対象者に侮辱する言葉を浴びせてわざと怒らせたり、失敗したら罰ゲームで尻をたたいたりする行為が、暴力を正当化することになるのではないか――。女性に同じような罰ゲームをしたときに批判が殺到するのを恐れ、テレビ局が女性の起用を取りやめれば、問題はさらに複雑になる。

今まで聞こえなかったお茶の間の「不愉快」や「違和感」はSNSによって表面化するようになった。「なかったこと」としてスルーされてきた問題が、目の前に浮上してくるようになった。規制ばかりのテレビはつまらなくなったという指摘は多く聞かれる。かといって、インターネットの動画もなんでもありというわけでなく、YouTubeのガイドラインは厳しく、性的な表現や暴力的なコンテンツ、宗教、性別、人種などについて悪意のある内容は排除される。YouTubeは男性の乳首が映るだけでも、広告がつかない。

「子供たちのいじめにつながる」という懸念は、ワイドショーで垂れ流される芸能人の噂話や臆測は当てはまらないのか、さりげなく美醜に優劣をつけるファッションチェックは問題ないのか、他人をこき下ろして笑いをとるトークショーはどうなのか。そして、それら全てを規制した先にあるものとは何なのか?

以前、とあるテレビ番組を見ていて、車の中でそそうしてしまったというお笑い芸人の話に、爆笑しながら、ふと思ったことがある。排泄に困難やトラウマを抱えている人にとって、笑えない話だったのではないだろうかと。本当に「誰も傷つかない笑い」というのは存在するのだろうか、と。

結局、世界にさまざまな人がいるように、さまざまな笑いや不愉快があり、それぞれが自分の正義を基準にネタを投げ合っているだけ。BPOの基準でさえ時代とともに変化する。ただ一つの「正解」なんかない。もちろん、なにもかも「過敏に反応しないで」というわけではないが、一方的な基準で一刀両断するのもどうなのだろう。

多少のことは目をつむろうという寛容さが、どこに、どれほどあるか(あるいは、ないのか)、時代の価値観を探求し続けるしかない。

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小原ブラス顔写真
小原 ブラス(こばら・ぶらす)
タレント・コラムニスト

1992年、ロシア・ハバロフスク生まれ。6歳から兵庫県姫路市で育つ。「見た目はロシア人、中身は関西人」として、テレビのバラエティー番組やYouTubeで「ピロシキーズ」として活躍。コテコテの関西弁で政治や社会問題を鋭く斬るコメントで注目を集める。コラムニストとして様々な媒体で執筆、ロシア人の目から見た日本の疑問点や違和感を率直につづる。

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