東京2020オリンピックの開会式で演奏を披露するなど、世界的に活躍しているジャズピアニストの上原ひろみさん(42)が、9月8日、ピアノと弦楽四重奏によるアルバム「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット『シルヴァー・ライニング・スイート』」をリリースしました。コロナ禍で生まれた楽曲に込めた思い、自身のキャリアについて聞きました。
――コロナ禍で、どのような日々を過ごしていましたか?
ツアー中の米・カリフォルニア州で、2020年3月に非常事態宣言が出ました。以降、ずっと日本で活動しています。以前は年間100日あった公演のため、ほとんど家にいなかった私が巣ごもり生活。その間、作曲と練習ばかりしていました。
新型コロナウイルスの感染拡大で音楽業界とミュージシャンの生活は一変しました。ずっと出演させてもらっているジャズクラブ「ブルーノート東京」(東京都港区)も、大打撃を受けた場所の一つです。海外ミュージシャンが来日できなくなり、クラブが営業できない事態に陥ってしまいました。私に何ができるのか考え、ライブ企画「SAVE LIVE MUSIC」を提案しました。
企画は、2020年8~9月の第1弾は16日間のソロ公演、12月~2021年1月、3月の第2弾は、ピアノ・クインテット(五重奏)やタップダンサーの熊谷和徳さんとの共演を披露しました。第3弾は5~6月、矢野顕子さんとの共演やバラードを演奏しました。
コロナ禍だからこそ生まれた楽曲
――今回のアルバムに込めた思いや、生まれた経緯とは?
その中の企画の一つが、新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスターの西江辰郎さんを中心とする、弦楽四重奏との「ピアノ・クインテット」でした。この編成を思いついたとき、どんどん曲の構想が浮かんできたんです。ライブでも自分が思っていた以上の出来になったので、これはちゃんとアルバムとして残したいと思い、レコーディングを決めました。今回収録した楽曲は、ライブ用に書き下ろしたものを中心としています。
アルバムに収録した9曲のほとんどは、コロナ禍での自分の感情の浮き沈みや、右往左往した様子を描いています。
アルバムの表題組曲(Silver Lining Suite シルヴァー・ライニング・スイート)は、孤独や孤立を表現した「Isolation」、未知のウイルスを意味する「The Unknown」、心の置き場に迷いさまよう「Drifters」、不屈の精神で立ち向かう気持ちを描いた「Fortitude」…。コロナ禍で揺れ動く自分の気持ちを見つめ直し、特に象徴的だった感情を曲に仕上げました。

――即興で演奏をされています。
弦楽四重奏に参加してくれたのはクラシックを専門にする方たちなので、彼らの弾くパートの上で、私が即興をしていきました。彼らも私の即興に合わせて、間合いや呼吸、音の強弱など演奏のニュアンスを変えていく。その時生まれた流れに合わせて波をつくり、音楽にどんどん没頭していく感覚です。
ライブには、音楽を心のビタミン剤とする人たちが集まりました。ハグや発声はできないけれど、観客のスタンディングオベーションや拍手は、制約の中でも「伝えよう」という気持ちを感じました。ライブでしか味わえないバシッと肩を組めたようなユナイテッド(一体)感がありました。
なんて楽しいんだ、プロフェッショナル!
――自身のキャリアを振り返って、20代、30代はいかがでしたか?
あっという間でしたが、自分の作品を一つひとつ見直してみると、その時々の情景がパッと頭に思い浮かぶくらい熱量を感じます。でも、2003年のデビューCDのレコーディングからずっと全力で走り続けて、気づけば40代。もう20年近くも経ちました。
デビューCDでは、大ファンだったアメリカ人ベーシストのアンソニー・ジャクソンに参加してもらいました。私にとってはヒーローみたいな人で、ずっと彼のCDの音源に合わせて遊んで弾いていました。
レコーディングでは私が弾いた音に、アンソニーが即時に応えてくれました。見たこともないリボンマイクで拾われた音は、レコーディングルームで聞くと素晴らしく、音響もアーティストも全てが本物。「なんて楽しいんだ、プロフェッショナル!」と思ったのを覚えています。
スタジオで音を録るのが「最高に気持ちいい」っていう感覚は当時から変わりません。今でもスタジオに足を踏み入れると、うれしくてドキドキします。
スキルを「×100」にするのは?
――働くうえで大事にしていることは?
よい仕事仲間に恵まれる、これに尽きると思います。この人と仕事がしたいと思える関係でいることが重要ではないでしょうか。仕事をする上で、個々人のスキルを高めるのは大切です。そして、そのスキルを「×10」「×100」にする仲間に出会えたら、本当にラッキーだと思います。
私には、コンサートツアーをしたいという夢を実現させてくれるエージェント、マネジャー、ステージ・スタッフ、ミュージシャンなど、さまざまな仕事仲間がいます。また、ブッキングしてくれたライブ会場の関係者にも感謝を伝えるようにしています。

「うまく弾けない」「曲が書けない」っていう時もあります。でも、やるしかないので、やり続ける。曲が書けないときは、「ろくなものが出てこないな」と思いながら、それでも書きます。
プロフェッショナルに対峙するには、自分自身をどんどん磨いていかないといけません。死ぬまでプロのピアニストとして、目の前の一つひとつにベストテイクを出していく気持ちで、こつこつやっていくことが大事だと思っています。
(読売新聞メディア局 渡辺友理)