死ぬ前に思い残すことは? 玄理が忘れられない2つの授業

私の演技の先生はLA(米国・ロサンゼルス)にいる。

役作りをする上で、近しい友人や家族にも話さなかったこと、自分で記憶の底に埋めていた感情や記憶を共有する必要があって、もう何年もの付き合いになる彼女のことを私は心から信頼している。

彼女のクラスには世界各国から生徒が集まるのだが、興味深いことがある。例えば「大切な人が死ぬ」「自分がもうすぐ死んでしまう」シーンの準備では、今死んだら絶対に達成できないことをリストにする。すると、男女や出身を問わず一番多く上がるのが「子供を持てなかった」で、次に多いのは「両親に愛してると言ってほしかった」なのだ。

先生が、「この中で両親から愛してるという言葉を言われたことがない人は?」と聞くと、日本から来た生徒の大部分が手をあげる。私は日本育ちだし、この言葉が日常に溶け込まない文化なのも理解しているが、他の国の生徒に比べて明らかに多い。毎年クラスを受けるたび、「愛してる」の言葉一つの影響の大きさに改めて考えさせられるのである。

私の家族はというと、母は愛情表現がストレートな人で、彼女から聞く「愛してるよ」は耳慣れたものでありつつ、なんとなくくすぐったい気持ちにさせられるものだった。韓国ドラマを見る方々ならこの言葉が割としょっちゅう飛び交っているのをご存じだろう。

一方、父は、割とシャイな昭和の男というていだったが、年齢を重ね、性格が丸くなるにつれて、いかに私が大切な存在か言葉にしてくれるようになったし、今ではLINEの使い方を習得して愛にあふれたメッセージを送ってくる。正直、絵文字とかを駆使するタイプではないと思っていたので、これには驚いた。

「愛する」を態度で表す方法

大手小町のリレーコラム「オピニオン」を女優の玄理さんが執筆しています。写真は、玄理さん撮影のLAの風景
LAの風景(撮影・玄理)

さてLAの演技クラスを受けると、思い出すもう一つの授業がある。大学で「フランス言語学」を履修していた。この授業では、「そのものの存在を純粋に定義する条件」というのを探っていく。

例えば、チェアとソファは違うものだが、「座るもの」「足が四つある(ものが多い)」という点では全く一緒だ。では、ソファをソファたらしめる点は?

「背もたれがある?」――背もたれがあるチェアもあるので違う。

「座り心地が良い?」――座り心地が良い椅子もたくさんあるのでこれも違う。

たしか答えは、「複数人で座れる」とか「横になれる」とかそんな感じで、つまりソファの定義は「座るためのもので、足が四つあって、背もたれがあるけど、複数人で座れる椅子である」というふうに割り出していく。何かと同じ共通点ではなく最後の相違点こそが、そのものをそのものたらしめる存在の定義なのだ、という授業で、なんだかそれって人間にも同じことが言える気がして、楽しくて大好きだった。

言語学の授業の最後の課題は「aimer/ 愛する」という動詞の定義を探すことだった。「許すこと」「理解すること」「その人のために祈ること(クリスチャンの生徒なんだと思う)」「負けてあげること」――。いろんな意見が教室を飛び交ったが、どれも動詞なのに抽象的で、体で実践することが不可能なものだった。実際、先生もこの動詞を定義できるものははっきりと示されていないと言う。

「ただ……」と先生は言葉を続けた。「長年の結婚生活を通しての僕なりの解釈ですが、この言葉の定義は『愛していると、言葉にすること』だと思います」。その瞬間、生徒たちからは歓声が上がり、学期の終わりを告げるチャイムが鳴った。ちょっとくさいと思った人は、フランス語の先生ということに免じて笑ってやり過ごしてほしい。

ジョージア・ルールが教えてくれること

話は戻るが、演技クラスでよく使われる題材に「Georgia Rule」(邦題「幸せのルールはママが教えてくれた」)という映画がある。アメリカに住むジョージア、リリー、レイチェルの祖母、母、娘3世代の話で、「よそはよそ、うちはうち」を地で行く祖母ジョージアの厳しすぎる子育ては「ジョージア・ルール」と呼ばれ、大人になった娘のリリーから敬遠されていた。

ある日、祖母の家に預けられた孫のレイチェルが、母リリーの恋人にずっと性的虐待を受けていた、と打ち明ける。この言葉は嘘なのか本当なのか、リリーは、虚言癖のある娘を信じるのか、恋人を信じるのか――。そんな人生の大ピンチにさらされたリリーがお酒を飲んで荒れているところに、ジョージアがやってくる。

リリーは酔っ払った勢いで聞く。「お母さんは本当に私を愛してたの?」
ジョージアはそれに答えず、「私だって両親からそんな言葉聞いたことなかった」と言う。
リリーは更に聞く。「じゃあどうして愛されてるってわかるの?」。
ジョージアは「……わからなかったよ」と答え、部屋を去る前に絞り出すように言うのだ。「愛してなかったら、あんたにこんなに厳しくするわけないじゃない」

一言、たった一言「愛してるよ」という言葉を口にするのは、その習慣のない人にとってこんなにも難しいのだ。

ちなみに「Georgia Rule」はアメリカの映画だが、まるで「おはよう」のように「愛してる」と気軽に言う印象がある国の作品に、こんな場面が描かれている。思うに、文化や慣習の違いはあれど、それぞれ個人の慣れによる部分も多大にあるのだろう。

「愛してる」という言葉が具体的に人生にどんな影響をもたらすのか、私にもはっきりわからない。思い当たる答えは人それぞれじゃないだろうか。そもそも、薬のように「~に効きます!」というようなわかりやすい説明がなされていれば、こんなにも世界中の人が焦がれたり苦しんだりしないのだから。

人間の本心は言葉じゃなく行動に現れる――これも真理だと思う。でもフランス言語学の教授が言ったように、「愛する」を一番表す行動が「言葉にして伝えること」なのだとしたら、一度試してみる価値はあるかもしれない。

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俳優の玄理さん
玄理(ヒョンリ)
俳優

1986年、東京生まれ。中学校時代にイギリスに短期留学。大学在学中、留学先の韓国の大学で演技を専攻。日本語、英語、韓国語のトライリンガル。2014年、映画「水の声を聞く」に主演し、第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞などを受賞。17年にソウル国際ドラマアワードにてアジアスタープライズを受賞。近年の出演作に映画「スパイの妻」、「偶然と想像」、ドラマ「君と世界が終わる日に」などがある。ラジオ番組「ACROSS THE SKY」(J-WAVE)でナビゲーターを務めている。

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