キャリア官僚から豆腐売りバイトに転身した夫の笑顔の理由

私の夫は国家公務員の同期だ。しかし、同期として働いた期間は短かった。2010年、私は衆議院事務局で働き始め、夫は農林水産省に入省したが、4か月で退職してしまったからだ。夫の友達によると、彼はとにかく昔から早寝早起きだったそうで、深夜のコピー取り中も寝てしまうなど、霞が関での長時間労働は、とてもじゃないが肉体的に合わなかった。退職後、求人のフリーペーパーをペラペラ見て「これだ!」と運命かのごとく決めた仕事が、リヤカーを引いて豆腐を売るというアルバイトだった。

豆腐の引き売りアルバイトとにかくイキイキ

彼は毎日、豆腐や油揚げや湯葉を仕入れ、リヤカーを引いてラッパを吹いて埼玉県川口市の街中を歩いて販売していた。

もちろんそんな簡単に売れるものではない。商品は買い取りのため、売れない時期の我が家の冷蔵庫は豆腐だらけ。彼の退職時にはすでに生活を共にしていた私たちだが、社会人になりたての私の給料で、2人で贅沢ぜいたくな生活ができるわけもなく、近くのパン屋でパンの耳をただでもらい、豆腐をパンの耳にのせて焼いて食べる、というような生活を送っていた時期もあった。

職場で結果を残そうと必死だった当時の私には、彼の「豆腐の引き売りアルバイト」という選択は、正直、意味不明に感じた。しかし、当の本人は、とにかくイキイキとしていた。

給料はかなり減り、その上「キャリア官僚」という肩書もなくなった。大学生の頃のアルバイトと変わらない程度の給料で、せっかく上位で合格した国家公務員をすぐに辞めて、なぜそんなに心からの笑顔なのか、不思議でならなかった。

話を聞くと、「豆腐を売る」という仕事ではあるが、そこには、様々なお客さんとのコミュニケーションがあった。買い物に行けないご高齢のおばあちゃんのおうちに豆腐を持っていくついでに、おばあちゃんに頼まれた買い物をスーパーでしたり、郵便を出してきたりしているというのである。

彼は、誰かが目の前で「喜んでくれる」ことにやりがいを感じていたのだ。

「ごく自然の選択」夫が1年間の育休

その後、私たちは2012年に結婚した。夫は紆余うよ曲折を経て、現在は「まちの保育園・こども園」を運営する会社で働いている。

ここでの仕事も充実しているようで、保育園に通う様々なご家庭と話したり、保育園の近隣の方々とのコミュニケーションをとったりしている。とても楽しそうに。そして娘が生まれた2019年には、夫が1年間の育休を取得した。

育休中は、私の出張に娘と一緒に来たり、ママ友・パパ友と交流したり、定期的に保育園の仕事の状況を把握したり、笑顔の絶えない生活を送っていた。

まだまだ男性が育休を1年間取得するということはメジャーではない社会ではある。しかし、夫は妊婦検診も有休を取って全て付き添い、娘の成長をおなかの中にいる時からとても楽しみにしていた。そんな夫にとって、長期の育休を取得するということは、ごく自然の選択だったのかもしれない。

育休を取り、子供と公園を散歩する元官僚の夫の写真
週末に近所の公園を娘と散歩する夫。何より娘との時間を大切にしている(東京都立川市で)

キャリア構築という山から下りて見る平野

夫が育休から復帰するときに話していたことがとても印象に残っている。

「山を登るようにキャリアを築いていかなくちゃと思っていたけれど、いったん下りてみると、そこにはたくさんの平野が広がっていた。地域や家族との関係性が育まれることで、仕事だけがすべてじゃないと思えるんだ。強制的に一時停止して自分の仕事を引いて見ることで、改めて自分がやりたいことを捉え直すこともできたしね」

限られた環境・組織で働いていると、その中での他者からの評価を、自分の個としての存在意義に重ねてしまうことも少なくない。その環境・組織内で評価されること=自分の生きている存在意義、と錯覚してしまうこともあるのではないか。

他者からの評価に、自分の軸・価値観を依存することはとてもつらい。私も前職ではそのような錯覚もあって、とても苦しい精神状況で働いてきた。サラリーマン時代は、気づいたら自分が大事にしたい価値観を見失ってしまうこともあった。起業してたくさんの方々と仕事をする中で、そのように自分を見失うことはなくなった。

家庭の中のことだけではなく、仕事も含め、今の私の価値観は、こんな夫と日々過ごす中で知らず知らずのうちに、自然と育まれたものなのかもしれない。

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小林味愛プロフィル写真
小林 味愛(こばやし・みあい)
起業家

1987年東京都立川市生まれ。慶應義塾大学を卒業後、衆議院調査局入局、経済産業省出向、日本総合研究所を経て、福島県国見町で株式会社陽と人(ひとびと)を設立。福島県の地域資源をいかして、農産物の流通や加工品の企画販売など様々な事業を展開。あんぽ柿の製造工程で廃棄されていた柿の皮から抽出した成分を配合した国産デリケートゾーンケアブランド「明日 わたしは柿の木にのぼる」を立ち上げた。現在、2歳半の娘を育てながら福島県と東京都の2拠点生活を送る。

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