セカオワ藤崎彩織が仕事と育児にねじねじ悩み気づいた幸せになる方法

人気バンド「SEKAI NO OWARI」(セカイノオワリ)でピアノを担当するSaoriこと藤崎彩織さんは、2017年に発表した初小説「ふたご」で直木賞候補となり、作家としても活躍しています。今年8月に出版したエッセイ集「ねじねじ録」(水鈴社)には、仕事、結婚、出産、育児などに悩み、行き詰まり、それでも前へ進もうともがく30代の等身大の言葉がつづられています。

その日のライブを振り返っていた私に深瀬くんは言った。
「サオリちゃんって、いつもねじねじ悩んでるよね」
「ねじねじ?」
「そう、なんかいつも難しい顔しててさ。ねじねじ悩んでるって感じするじゃん」
確かに深瀬くんの言う通り、私の悩み方は、『くよくよ』でも『うじうじ』でもなく、『ねじねじ』である気がする。

(「ねじねじ録 あとがきに代えて」より)

――悩んでいる藤崎さんの様子を「ねじねじ」と表現したのが本のタイトルになっています。うまくかみ合わない歯車が、何とか回ろうとする様子を言い表しているとか。

悩むことにかけてはエキスパートかと思うくらい、いろいろなことにいつも悩んでいます。例えば、ライブの後で、何か引っかかっていて落ち着かない気分でいると、一つひとつ考えるんです。

「あの曲の出だしで不安になっちゃった。朝早く起きてもうちょっと練習しておけばよかった。それが、自責の念になって、こんな気持ちになっているんだろうな」

こんなふうに、すべてを言語化していくことで少しずつ落ち着いていきます。眠っている以外の起きている間は、だれかと話しているときでも、ずっと、何かを言語化して自分の中に収めようとする性格なので、すごく疲れてしまうときがあります。

――音楽だけでなく、作家としても活躍しています。

中学時代から日記を書き始めました。ねじねじと悩みが浮かんできてしまうので、文章を書くことで自分を落ち着かせてきました。怒っているとき、自分はこういうことを考えていて、悲しい時はこんな気分になっているんだと、書きながら冷静に自らを見つめ直す“自分研究”ができるんです。

文章を書くことで、自分が救われていることに気づき、それが、小説やエッセイにつながっています。生きていくことは、すごく大変でつらいこともあります。突然の雨でびしょ濡れになってしまうようなときも、言葉が傘のように自分を守ってくれます。

悩みの種となっている出来事や感情の一つひとつに名前を付けて書き留めることで、不確かな不安の正体が見え、少しずつ前に進むことができます。

話している言葉は瞬発的に発してしまうので、間違って伝わってしまうこともあります。言いたくなかったのについ口から出てしまったり、言ってみたらちょっと違ったりすることも。文字にした文章が、自分の気持ちに正直で近いと思います。

エッセイ集「ねじねじ録」を出版した藤崎彩織さん。初小説「ふたご」が直木賞候補になり、作家としても活躍する。
「7月にアルバムがリリースされ、8月にこの本が発売になり、今はねじねじしないわずかな期間」と笑う藤崎さん(東京都港区で)

捨てきれなかった「自分で子育て」

充分に子供といる時間が取れないと育児の良いところばかりが見えてしまい、反対に夫の抱える大変さや苦労はあまり見えていなかった。
そのせいで、産後は夫婦の間で苦労合戦のような話し合いも勃発した。

(「ねぎらい夫婦」より)

――役者をしている夫とのやりとりや子育ての様子などプライベートな生活シーンも登場します。

私たち夫婦は、私のほうが仕事をしている時間が長く、夫が子育てをしている時間が長いスタイルで、一般的な日本のマジョリティーではありません。夫は家事が上手で、嫌になるくらいきれい好き。タオルを色別にグラデーションで並べるほど。

世間一般では、家事は妻の負担が大きく、うらやましいと思われるかもしれません。でも、そういう夫婦だからこそ、見えるもの、悩んでいることを書いてみたらおもしろいと思いました。

出産後、自分で子育てをしたいという気持ちをしばらく捨て切れませんでした。せっかく生まれた我が子に、できる限り多くのことを自分で教えてあげたいと思いました。一緒にいる時間がもっとあれば、きめ細やかな育児ができると考えていました。

でも、私が365日いつも家にいたとしても、保育園でやっているようなお遊戯、お歌、お散歩など、さまざまな体験をさせてあげることは到底できないでしょう。

私自身が音楽活動や作家の仕事をしたいという気持ちもありました。だから、子どもに仕事でがんばっている親の姿を見せる育児を選んで、子どもの面倒はプロの手を借りるという踏ん切りがつきました。

――産後うつのような状態になって、夫に攻撃的になったり、子どもが「死んでしまったら」と心配で寝ることもできなかったりしたというエピソードもあります。

自分でも、こんなに取り乱すなんてびっくりしました。外敵から子どもを守る野生動物みたいに、身近な人たちにも威嚇していました。「手も洗わずに子どもに触らないで」「こんなときに仕事の話をしないで」・・・・・・。だれかを傷つけたいわけではないのに、制御不能になった感情があふれ、自分をコントロールできなくなっていました。

まるでエイリアンに体を乗っ取られたような状態です。無表情で立ち尽くす夫の姿を見て、我に返り、「ああ、やってしまった」と気づきます。ひどく傷ついた夫に、私も悲しくて、苦しくなりました。先輩ママたちに相談し、「私もそうだったよ」という体験談を聞き、気持ちが楽になって徐々に日常を取り戻すことができました。

自分をコントロールできない状態は大変でしたが、いい経験にもなりました。出産や子育てに限らず、自分で気持ちの制御ができなくなっている人がいたら、「なんで、そんなにわがままなの」と指摘するのではなく、「あなた、つらいんだね」と思えるようになりました。

幸せになるためにはどうすればいい?

――収録されている41編のエッセイを通して伝えたいことは。

一言でいうとしたら、「想像力」です。一つひとつのエッセイは、娘、女、妻、母、バンドメンバー、作家、ピアニストという、私自身のさまざまな視点から書きました。

ほかの立場だったら、環境が違ったら、今じゃなかったら・・・・・・、いろいろな立場を想像してみることが、だれかを大切にすることや愛情を持つことにつながると思っています。

「未来を変える性教育」というエッセイでは、他者への想像力を働かせることの大切さを書きました。私が小学生のころは、生理を教える授業で女子に生理用ナプキンが配られました。そのとき、男子は組み体操の練習をしていました。「これは女子のもの。男子には絶対見せちゃいけません。人目につかないようにしましょう」と先生から言われました。

私たちは、セックスとは何なのか、どんなことに注意しなければならないのかを正確な情報で学習していない。情報が一部隠されているとまるで知ってはいけないことのように思ってしまうけれど、それ自体が悪い行為ではないことや、未経験でも問題がないということを教わっていない。誰も教えてくれないのだから、知らない人がいても不思議ではない。

(「未来を変える性教育」より)

生理に伴う体調の変化や煩わしさを理解しようとしても、文化、教育、時代などによって基本的な知識が隠されたために、想像するのさえ難しい場合もあります。多くの男性は知る機会がなかった、そういう時代だったということにも想像力を働かせられれば、性教育の在り方を見直すことができると思います。

――仕事、結婚、出産、育児などさまざまな悩みを抱えながら、何とか前に進もうとねじねじしている働く女性は少なくありません。

「人生は幸せになるためにある」ということを、私自身しょっちゅう忘れてしまいます。人生は、つらく苦しいことを耐えしのぶのでもなければ、嫌なことをひたすら我慢するためでもないはずです。日々の忙しさで、「幸せになっていい」ということを忘れがちです。

じゃあ、幸せになるためにはどうすればいいのか? それは、どんなことでも自分で決定することだと思います。自分の意思ではなく、何者かに決められたことは、たとえ、どんなに好きなことでも、どんなにお金をもらえても、大好きな家族であろうと、結局はとてもつらい結果になってしまいかねません。幸せになるためには、進む道を自ら選ぶことではないでしょうか。

(読売新聞メディア局 鈴木幸大)

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藤崎 彩織 (ふじさき・さおり)

1986年大阪府生まれ。4人組バンド「SEKAI NO OWARI」でピアノ演奏とライブ演出、作詞、作曲などを担当。文筆活動でも注目を集め、2017年に発売された初小説「ふたご」(文芸春秋)は直木賞の候補となった。他の著書に「読書間奏文」(文芸春秋)がある。

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