分身ロボット「オリヒメ」を操作してカフェで働いてわかったこと

年に一度だけ会うことができる織姫と彦星(ひこぼし)。

七夕伝説の舞台は、実は旧暦の7月7日で、今でいうと8月の星空にあたるそうです。伝統的七夕とも呼ばれ、年によって日が異なり、今年は8月14日です。

七夕伝説をもとに名付けられたロボットがあります。「OriHime(オリヒメ)」といいます。カメラとマイク、スピーカーが内蔵されていて、人工知能ではなく、離れたところにいる人が手元のパソコンやスマートフォンで遠隔操作する「分身ロボット」です。会話だけでなく、首や腕も動かすことができ、うなずいたり、拍手をしたりして、ロボットの周りにいる人とコミュニケーションを図ります。

分身ロボットの「中の人」に興味津々

大阪府内に住む今井雅子さん(42)は、開発したオリィ研究所(東京都)からオリヒメを借り、小学校で福祉体験学習を昨年末に実施しました。今井さんは全身の筋力が低下する難病・脊髄性筋萎縮(いしゅく)症(SMA)で、電動車いすで生活しています。大学院で福祉学を修め、一般社団法人ぐるりを設立。福祉学習の講師や、誰もが楽しめるスポーツ「ふうせんバレー」を使った地域づくり活動などをしてきました。でも、新型コロナウイルス感染症が拡大してからは、感染リスクを抑えるためほとんど外出できなくなりました。小学校からの依頼に「断るしかないか」と悩みましたが、「あきらめてしまったら社会からさらに取り残されていく」とオリヒメの活用を思いついたといいます。

分身ロボット
今井さんがオリヒメを通して講演した学習会(一般社団法人ぐるり提供)

ぐるりのメンバーの西岡かね美さん(43)がオリヒメを持って小学校を訪問し、自宅にいる今井さんがパソコンで操作して講演をしました。オリヒメの顔は能面を参考にしたシンプルなデザインなので、子供たちは今井さんの表情を自由に想像でき、興味津々だったそうです。西岡さんも、大学時代からの親友である今井さんにコロナ禍で会えておらず、「パソコンの画面越しに話すのと違って、本人がここにいるという感覚。久しぶりに一緒に活動できた」と話します。

外で活動できないなかでの新しい挑戦

今井さんは、オリィ研究所が6月に東京・日本橋に開設した「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーン バージョンベータ)」常設実験店などで、接客の仕事も始めました。自宅からオリヒメを操作し、店にいるお客さんの注文を聞き、会話を交わします。オリヒメは小型で卓上に置く種類と、大型で可動式の種類があり、難病や障害などで外出が難しい約50人が遠隔操作をしています。

分身ロボット
「分身ロボットカフェDAWN ver.β」では、遠隔操作で飲み物もロボットが運ぶ=鈴木竜三撮影

「コロナ禍では重症化リスクの高い疾患などを持つ人たちが自宅にこもって命を守るしかなく、社会から断絶されていく現実がある。社会参加の方法を模索し、オリヒメというツールに出会った。自分の身体的限界はここまで、と無意識に決めていたことがどんどん伸びていくような可能性を感じる」。今井さんはそう話します。

オリィ研究所代表の吉藤オリィさん(33)は小中学校で3年半不登校になり、部屋の天井を見つめ続けた経験があります。変えてくれたのは人との出会いだったそうです。「人を本当に癒やせるのは人だけ」と考えて、人工知能ではなく、人が動かす「分身ロボット」を2010年に考案しました。「誰かと一緒に何かをすることは価値がある。あらゆる人が、自分は孤独だ、と思う状態にならないようにしたい」と語ります。

オリヒメは、コロナ禍で広がったテレワークでも活用されているといいます。離れた街に住む家族や友人らと一緒に過ごすために使う人もいます。ビデオ通話やオンライン会議とは「そこにいる感が違う」と吉藤さん。私も、遠くにいることが前提になっている二次元の画面では、仕事の打ち合わせはできても、ちょっとした心配事や思いつきをやり取りしにくい、と感じるときがあります。気心の知れた人と画面越しに楽しく話せることもありますが、そういうときは接続を切ったあと急に独りに戻って寂しくなります。自然にそばにいて、一緒に過ごすというのは豊かな時間なのですね。

今年もまた、会いたい人に会いに行けない夏になりました。こんなときは晴れた夜に星空を見上げてみてはどうでしょうか。国立天文台によると、織姫星と彦星は光の速度で14年半かかるほど離れているそうです。それでも、心はつながっている物語が語り継がれてきました。現代のオリヒメが、離れていても人と人の心をつなぐことを願っています。

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沢田泰子編集委員
沢田 泰子(さわだ・やすこ)
読売新聞大阪本社生活教育部・編集委員

1968年、大阪生まれ。91年に読売新聞大阪本社入社。福井支局、京都総局、大阪本社社会部、東京本社教育部を経て、2016年より現職。主に行政や教育分野を担当してきた。誰もがのびのびと力を発揮できる社会になるのが夢。女性を含むマイノリティーの生き様に日々、勇気づけられている。

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