国際派女優の玄理、母の四角いおにぎりが教えてくれたこと

私はおにぎりが好きだ。

撮影現場に自分で握って持参することもあるし、現場で出される昼のお弁当の代わりに、朝食として配られたおにぎりをもう一回もらって食べるくらい好きだ。

小さい頃、遠足や友達家族とサッカーの試合観戦に行く時、私の母が作るおにぎりは「四角」かった。いわゆる少し前にはやった「おにぎらず」なのだが、あの頃には斬新すぎた。小学生だった私は、みんなと同じ三角形のおにぎりじゃないことが、何とも恥ずかしかったのだ。母に直接「三角形のおにぎりにして」と言ったこともある。答えは明確に覚えてないが、とにかくうちのおにぎりの形が変わることはなかった。

私がホストを務めるラジオ番組で、「思い出の家庭料理」というテーマでメッセージを募集したことがある。私はその時、この母の四角いおにぎりのエピソードを「はやりを先取りした人」という笑い話として紹介したが、オンエアが終わった時にふとあることに気づいた。ものすごい衝撃と共に。

母は、おにぎりを三角形に握れなかったんじゃないか。

三角形、簡単じゃない

私の母は大学生の頃、美術の勉強をするために日本にやってきた。40年くらい前になるのかな。今でこそ、韓国で三角形のおにぎりは日本のコンビニの影響等もあって珍しくもなんともないが、韓国ではもともとおにぎりと言えば細長いのり巻きの「キンパ」か、直訳すると「握りこぶしごはん」になる「ジュモクパッブ」がメジャーだ。これは手のひらにご飯をのせてそのまま拳を握るようにご飯をぎゅぎゅっと丸めたもので、一口サイズに丸まったご飯の外側にふりかけやのりをまとわせる。

母のおにぎりのイラスト 玄理 大手小町 読売新聞
イラスト・玄理

日本に住む私たちからすれば、三角おにぎりは簡単な料理に思えても、なじみのない人からしたら、手を器用に二つに折り曲げその手を合わせてご飯を三角形の立体にしていく、あの動作がものすごく難しかったんじゃないだろうか。ましてや母は大人になってから日本に来て、おにぎりの握り方を今更聞ける友達なんていなかったと思う。YouTubeだってもちろんない。母は当時、どんな気持ちで四角いおにぎりを作っていたのだろう。独創的でセンスの良い人だったから、「あっ、これ良いじゃん!」と思っていたのだろうか。はたまた「三角形に握れなくて申し訳ないなあ……」と思っていたのだろうか。

思い返すと胸が痛い。どうしてそんなことに何十年も気付かなかったのだろう。子供だからしょうがない、わからないよそんなこと。多くの人はそう言ってくれると思う。だけど、どうして私は、いつも赤の他人や引き受けた役の気持ちに思いをはせながら、その想像力を一番大事な人に向けなかったのだろう。こんなに悲しくなるのは、このエピソードの奥にきっとおにぎりだけじゃない、異文化で生活した母の苦労や寂しさが見えるからだ。

魔法の言葉とは

一人暮らしを始めてもう何年もたつ。私の一人暮らしと共に両親は海外に引っ越した。電話やLINE(ライン)でまめに連絡はとるものの、コロナの影響もあって気軽に会いに行くのは難しく、母の手料理を食べる機会はぐんと減った。一応付け加えておくが、母はとても料理上手なのである。

もしまだ親がご飯を作ってくれる場所にいる人は「ありがとう」ってちゃんと言おう。あるいは周りで、環境になじめない人や異文化で苦労している人がいたら、余計なお世話なんて思わず一言声をかけてあげてみてほしい。それがわかりやすく外国人でなくとも、上京してきた人とかあるいは地方に引っ越してきた人とか、転勤・転校してきた人とか。

先日、バリア(障害)をバリュー(価値)に変えることを掲げ、ユニバーサルデザインに取り組む会社「ミライロ」の代表、垣内俊哉さんに、「魔法の言葉」を教えてもらった。人は「大丈夫ですか?」と声をかけると、多くの場合、大丈夫でなくても「大丈夫です」と答えてしまうものらしい。「何か手伝えることはありますか?」 英語で言う“May I help you?”に該当するこの言葉なら、その親切を受け取る人も、辞退する人も、そして声をかけた側も一歩踏み込んで会話ができるかもしれない。私は街中で誰かにこの言葉を使うたび、母の四角いおにぎりを思い出すのだろう。

この度、連載を始めることになりました。俳優業のことや、気づけば4年も続いているJ―WAVEのラジオ番組のことなどぽつぽつしたためてみようと思います。

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俳優の玄理さん
玄理(ヒョンリ)
俳優

1986年、東京生まれ。中学校時代にイギリスに短期留学。大学在学中、留学先の韓国の大学で演技を専攻。日本語、英語、韓国語のトライリンガル。2014年、映画「水の声を聞く」に主演し、第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞などを受賞。17年にソウル国際ドラマアワードにてアジアスタープライズを受賞。近年の出演作に映画「スパイの妻」、「偶然と想像」、ドラマ「君と世界が終わる日に」などがある。ラジオ番組「ACROSS THE SKY」(J-WAVE)でナビゲーターを務めている。

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