企業の役員や代表として道を切り開いてきた女性たちが、自身のキャリアを支えた本を紹介し、20~30代の働く女性たちにエールを送ります。
今回は、建設機械大手のキャタピラージャパン代表執行役員・塚本恵さんです。製造業に興味を持つ技術系の女性を増やそうと、女性研究者や学生の支援にも取り組んでいます。塚本さんは、誰もが知っている児童書「風にのってきたメアリー・ポピンズ」(岩波少年文庫)に、自身の目指す姿が描かれていると話します。
やりきったら風に乗って去っていく
――メアリー・ポピンズとの出合いは?
子供の頃、兄と2人、それぞれ月2冊、好きな本を買っていいと言われていて、選んだ本の1冊です。ファンタジーが大好きで何度も読み返しました。親の影響で、本にはいくらでも投資していいと思うようになりました。
――どんなところが好きですか。
メアリー・ポピンズは、違う世界から突然やってきて、期待以上の成果を出して家族の悩みを解決して、みんなをハッピーにするんです。子供のころは、この人すごいな、魔法を使えるんだと、わくわくしました。今は自分を重ねて考えています。それまでと全く違う世界に転職したので、強引にではなく、人の話をよく聞いて、期待以上の結果を出したい。そして、風に乗って去っていきたいですね。
――自分がメアリー・ポピンズになるなんて、すてきです。
転職してみると、メールの書き方一つとっても全く違いました。IBMとキャタピラーは、どちらも歴史あるグローバル企業ですが、ITと製造業という違いがあります。それぞれの文化があるので、社員は私に対して戸惑いがあったと思います。「宇宙からやってきた人」みたいに思っていたのでは(笑)。

――なぜ異なる分野の企業に転職したのですか。
IBMで政策渉外をちょうど15年やって、渉外職を追求したかったんです。「ジョブ型」の転職といいますか。たまたま製造業でお話があり、その分野の企業がどのようにデジタル化するのかを見てみたいという気持ちもあり、転職を決めました。政策渉外は、日本ではあまり知られていませんが、アメリカでは確立された職種です。適切な政策にしていくために、米国の企業はここにお金をかけていて、マイクロソフトやグーグル、アップルなど、名だたる企業が求人をしています。IBMから経済同友会に出向して会社に戻ったときの担当が、たまたま政策渉外だったのですが、官僚と議論し、新しい方向性を提案して、よりよい社会にできるし、どこと組むか、業界内でどう進めるか、戦略を練るのが面白いんです。会社からゴールとタイムラインは示されますが、それ以外は自分で考えて取り組むので、非常にやりがいがあります。
ありのままの自分でいいと鼓舞してくれる
――最近、印象に残った本を紹介してください。
コロナで家にいる時間が長くなり、Netflixのリアリティー番組「ル・ポールのドラァグ・レース」シリーズを見たんです。番組の司会者で、自身もドラァグ・クイーンであるル・ポールは、ダイバーシティーの権化みたいな人。番組は、賞金レースなのですが、クリエイティビティーが必要なお題が出されて、レースに参加する一人一人に自己肯定感が与えられていく。動画を見てから電子書籍でル・ポール の著書「GuRu」を読みました。人をエンカレッジする(励ます)言葉があり、写真もあり、英語も少ない(笑)。これを読んで、自分を鼓舞しています。
――ダイバーシティー&インクルージョンは、企業にとって重要なテーマです。なぜでしょうか。
均質の意見で自分に心地いいことだけを聞いていては、挑戦も成功もありません。いろんな人がいるべきだし、多様な意見をくみ上げていくことが大切なのです。日本は人口が減少し、経済的に縮小していきますから、グローバルと提携するしか発展が見込めません。人種や宗教などの多様性によって、新しいやり方、新しい発想を生みだしていかなくてはならないのです。
――その重要性を具体的に体感したことはありますか。
兵庫県の明石工場に女性リーダー育成の仕組みを作り、女性社員の意見を聞くなかで「更衣室やトイレをきれいにしてほしい」というニーズがわかり、対応しました。それから、工場のラインのスピードをゆっくりにしたり、パッケージの重さを軽くしたり。女性を含めた現場の声によって、働く人すべての健康や安全につながる改善ができました。声を聞くだけでなく現場に反映させることで、さらに声があがるようになり、いい循環ができています。
――女性の活躍を推進するために、どのような取り組みをしていますか。
製造業に就職する技術系の女性が少ないので、地域と一緒に育てようと考え、「兵庫・関西 キャタピラーSTEM賞」を2018年に創設しました。若手研究者を支援するためのもので、現在は対象を高校生、大学生にも広げています。
ハイと答えてから考える
――若い世代へのメッセージをお願いします。
男性でも女性でも、何かにチャレンジする人には、「絶対できる」と、背中を押してあげたいですね。まず、「ハイ」と答えてから、どうしたらできるか、どういう条件ならやれそうかを考えればいいのです。それと、「自分を好きになろう、肯定しよう」ということも伝えたい。ル・ポールも「ありのままがすごいんだよ」と言っています。
実は、同友会に出向したとき、「無理だから出向を解除してほしい」と上司に伝えたんです。文章を書くのが下手で批判され、会社の評判を傷つけるのではないかと思ったからです。上司からは、「命を取られるわけじゃないし、大丈夫だよ」と言われました。それもそうだなと思って、英語も文章の書き方も勉強して、乗り越えました。困ったときは、周りに助けを求めればいい。自分で自分をリミットしないで、声がかかったら、「私は十分できるから声がかかったのだ」と思って、やってみてください。
――ご自身は、これからどんなチャレンジをしたいですか。
将来は、自分のやりたいことで社会に役立つことに取り組みたいですね。「デジタルシチズンシップ」の教育を進めたい。そのために非営利組織を作って、政策提言をしていきたいですね。デジタルに関して光と影の両方を知り、使いこなすにはどうしたらいいか。学校任せにせず、社会としてどう取り組むのか。構想しては友達に伝えて、企画を温めています。そして、日本をもっと元気にしたいです。
(聞き手・読売新聞メディア局 小坂佳子)