渡辺さやか 被災地の椿油を化粧品に「先の見えない方へ向かいたい」

東日本大震災の被災地で取れる椿つばき油を使って、化粧品を商品化した「re:terra(リテラ)」社長の渡辺さやかさん(39)。震災発生直後に東京から東北に向かい、活動を始めて10年。地元の人たちと共に被災地の活性化に取り組み続けている。

被災地の椿油で

東京の大学院で学んだ後、2007年にコンサルティング会社に入りました。国際協力の仕事をしたいと転職や起業を考えていた29歳の時、東日本大震災が発生。突然大切な存在を失った人たちの悲しみを思うと、心が強く動かされ、何かできないかと、知人の住む福島県に向かいました。

「re:terra」社長の渡辺さやかさん

震災翌月から月1回以上被災地を回り、6月には会社を辞めました。当初は事業の再生を考えましたが、震災前から過疎化が進む地域では新たに何かを生み出す方が活性化につながると思ったのです。

そんな時、泥かきの手伝いをしながら被災者と話す中、岩手県陸前高田市など気仙地域に自生する椿を知りました。津波に遭っても枯れずに咲いていたと聞き、椿油を化粧品にする着想を得ました。

同市には椿油を搾る製油所がありましたが、工場が津波で流され、市内の別施設で製造する計画が出ていました。事業化には製油所の協力が必要です。11年末頃に経営者に提案しましたが、難色を示されました。

渡辺さやかさん

後継ぎの息子を震災で亡くし、心の整理ができていないこと。過去に大手企業から同様の提案があった時も、撤退の不安を拭えなかったとも聞きました。

それでも、気持ちよくうなずいてもらえるまで待つと決めました。昔話を聞き、仏壇に手を合わせ、春になった頃、「一緒にやろう」と言ってもらえたのです。

質重視の化粧品

地元の人が種を集めて油を搾り、化粧品会社の協力も得て、12年12月、「気仙椿ハンドクリーム」を発売。被災者への同情だけでは長続きしないので、品質にこだわりました。初回の3000本は1か月で在庫がなくなり、その後、ボディークリームなども開発し、これまで計6万個が売れました。

気仙椿ハンドクリームとボディクリーム

しかし自前の畑がなく、油不足が懸念されたため、15年に同市に地元企業と椿畑を作り、昨年、地元の人たちと共に同市から未活用地2.6ヘクタールを借りて、植樹しました。これからは被災地で、草の根の活動と伴走する黒子の役割を担いたい。

途上国支援にも取り組んでいます。地域の力を信じ、地域の資源を大切にする事業開発が必要だからです。

これまでの活動の原動力は、「先の見えない方へ向かいたい」という思い。何となく見えているのではない未来を見たい。40代も自分の可能性を止めずに進みたいと思います。

◇ ◇ ◇

【取材後記】宮城県仙台市在住の渡辺さんへの取材は、オンラインで行った。画面越しでもはつらつとしていて、バイタリティーがあふれていた。

話を聞くうちに、意思を貫く強さはもちろんだが、相手の立場に寄り添う柔らかさが強く印象に残った。製油所の経営者に自分の考えを押しつけず、理解が得られるのを待ち続けた。被災地の若手や女性の起業家の支援もしていて、地域の人たちを応援したいと語る。

渡辺さんは被災地にとって「外から来た人」だが、地域を大切にして一緒に走ることができるから、震災から10年経った今も、ツバキの事業が生き続けているのだろう。ツバキを活用した新たな商品開発も見据えているとのこと。さらに10年後、被災地のツバキがどうなっているか楽しみだ。

実は記者と同じ、2歳の息子がいるそうだ。子供が生まれて働き方は変わったとのことだが、「守りに入ってはいけない」との意識を持っているという。子育てしながら働く親として、背中を押してもらったような気がした。(読売新聞地方部 服部有希子)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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渡辺 さやか(わたなべ・さやか)

1981年、長野県生まれ。2011年11月、一般社団法人re:terraを、13年に株式会社を設立。18年、仙台市に移住。中小企業向けに途上国でのSDGsビジネス構築のコンサルティングも行う。

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