綿矢りさ 入りたかった場所「最後尾でも乗れたら上出来」

高校生で作家デビュー、19歳で芥川賞最年少受賞と、10代から一線で活躍する綿矢りささん(36)。等身大の女性の心の揺れ動きを繊細につづり、同世代の女性たちの共感を呼んできた。好きな気持ちを大事に、まずは飛び込んでみる――。それは、30代になってたどり着いた境地だ。

見えない枠

子供の頃から本を読むのが好きでした。高校生から小説を書き始め、2作目の「蹴りたい背中」の芥川賞受賞をきっかけに作家への道を決めました。ただ、受賞後の第1作を出すのに、数年かかりました。「いいものを書かなくては」と焦って、逆に書けなくなってしまったのです。大学卒業後、洋服店などでアルバイトをして過ごしました。

20代は一番苦しかった時期でした。自分がどうなりたいのか、小説で何を書きたいのか、追求しすぎてわからない。壮大な世界観の小説を書こうと、旅行に行ったり、色んな職業の人と交流したりして、経験すれば、その世界を取り込んで書けると思ったけれど、結局、自分の共感や実感が伴わず、書くエネルギーにはつながりませんでした。

もやもやを抜け出すきっかけを与えてくれたのは、30歳の頃に読んだ宇野千代さんの自叙伝です。「私は つら いと思うことがあると、その辛いと思うことの中に体ごと飛び込んでいく」という言葉がスッと胸に入りました。「これはよくないかも」と自分が勝手に作っていた謎のハードル、見えない枠を1回壊してみようと思えたのです。

最低限の両立

その頃に書いた、「手のひらの みやこ 」は、地元の京都が舞台です。20代の頃は故郷を書くことを迷っていたのですが、いざ始めると、故郷の思い出や景色、書きたいことがいっぱいありました。好きなもの、興味があるものを重視した方が、仕事にもつながり、自分も楽だと気づきました。好きなものこそ奥が深いんです。30代の独身女性が主人公の「私をくいとめて」も、一人で焼き肉などに行く「おひとりさま」を、私もやってみたいという思いで書きました。

30歳で結婚し、翌年には長男が生まれました。育児と両立しながら月に2本、連載しています。すべてを完璧にこなすという理想は捨てて、最低限の両立だけはやろうと開き直っています。生活が固定された分、より現実から離れて考えられるようになり、想像の幅が広がりました。制約がある方が想像の世界が豊かになるのかもしれません。

「最後尾でも乗れたら上出来」だと、いつも考えています。漢字の面白さにひかれ、最近、中国語の勉強を始めました。何かに挑戦するとき、成績や順位は良くなかったとしても、入りたかった場所に滑り込んでしまえばいいんです。力を抜いて、好きな気持ちを大切にすることが何よりも大事だと思います。

◇ ◇ ◇

【取材後記】 19歳で芥川賞最年少受賞というほぼ同世代の快挙に、当時、衝撃を受けたのを覚えている。どんな人なのか、取材が楽しみだった。実際に会うと、物腰が柔らかでかわいらしい。時々出る京都弁には思わずキュンとした。

綿矢さんの物語は、女性視点の一人称で書かれ、登場人物の心情がスッと入ってくる。情景描写が細かく、観察力の鋭さには舌を巻く。鮮烈なデビューの後は、順風満帆なのだろうと勝手に思っていたが、20代は苦労していたと聞き、驚いた。

そんな時期を乗り越えたからなのだろうか。「健康が一番。睡眠が基本です」「掃除は好きですけど料理が苦手なんです」と、肩肘を張らず、自然体で語る姿が印象的だった。

次は、コギャルが全盛の「強烈な個性が面白かった1990年代後半を舞台に書いてみたい」という。綿矢さん自身は「オタクのめっちゃまじめな子」だったそうだが。どんな物語を紡いでくれるのか、今から楽しみだ。(読売新聞社文化部 川床弥生)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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綿矢 りさ(わたや・りさ)

作家。1984年、京都市生まれ。2004年、「蹴りたい背中」で芥川賞を最年少受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞。「私をくいとめて」の実写映画が18日から全国公開。

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