牧野友香子 難聴の子供を支援…「楽しそうか」直感大切に

難聴の子供の学びを支援する会社「デフサポ」代表の牧野友香子さん(32)。自身も同じ障害を持ちながら、様々な問題を乗り越えてきた。これまでの経験を生かしながら、子供たちの可能性を広げる活動を続けている。

難聴 2歳で判明

難聴の子供が言葉の力を伸ばせるよう、0~12歳を対象にした教材を作っています。また家族向けには子供に声をかける際のポイントや、社会生活での困りごとと対処法などを教材にして毎月届けるほか、相談にものっています。

私自身、2歳で難聴が分かりました。3歳頃から訓練を受け、人の口の動きを見て言葉を理解し、話せるようになりました。ところが小学3年生のとき、一緒に話していた友達が、突然隣のグループの会話に加わったのを見たのです。自分に聞こえない音がもっとたくさんあることがわかり、ショックでした。

大学まで一般の学校に通い、ソニーに入社し、人事の仕事を担当。問題にぶつかるたび、自分で解決しながら進んでいきました。

転機は2014年。難病で障害がある長女が生まれたことでした。娘の成長を見通せず、不安になった時、難聴の子供を持つ親も同じなのでは、と実感したのです。

経験を発信

自分の経験が参考になればとブログを始め、16年に東京と大阪でワークショップも開きました。すると、家族が言葉の教え方を分からないまま、子育てをしている様子が次第に見えてきました。難聴で生まれる子供は、毎年約1000人ですが、9割以上の親は健聴者なので、無理もありません。みんなが使える教材を作り始めました。

作業は主に子供が寝た後や週末で、ソニーは辞めないつもりでした。でも、支援する家族が増え、細々とやっていく範囲を超えていきました。育児と会社と支援活動。どれかを捨てなければ続けられない。悩んだ末、支援は絶対にやめられないと思いました。会社には自分の代わりがいる。でも、相談に来る家族や子供には自分しかいない。親はみんな必死です。覚悟を決め、18年に7年勤めたソニーを辞め、デフサポの仕事に専念することにしました。

お金や安定を優先したら退職できなかった。大切にしたのは直感。そして楽しそうかどうかとの判断。後悔しない選択をしたと思っています。今は仕事の方向性を考えるのが楽しい。

「うちの子がしゃべったんです」といった喜びの声を聞くのが励みです。言葉はコミュニケーションの土台。周囲と意思疎通ができれば、進学や就職の選択肢が増え、子供が夢を諦めずに済みます。難聴に関わりのない人や企業にも興味を持ってもらうため、活動の幅を広げていきたい。

◇ ◇ ◇

【取材後記】 横浜市のシェアオフィスで、牧野友香子さんと対面した。口の動きから会話を読み取っていると聞いていたため、口を大きく動かすように話したところ、「普通に話して大丈夫ですよ」とほほえんだ。話をしていても、聞こえていないとは思えないほど自然で驚いた。

牧野さんは「難聴をつらい、いやだと思ったことがない」と言い切る。学校では、先生の「ここ、テストに出るぞ」が聞こえず、「黒板で印を付けてほしい」と頼んだものの、先生に「特別扱いできない」と断られたことがあった。授業を聞かずに自分で必死に勉強した。ソニーに勤務していたときは、電話を取らない人だと思われないように、自分の机から電話を外してもらった。どの経験も笑顔で話してくれた。

屈託のない笑顔の奧には、困難に直面しても、自分で解決策を考えて実行する強さがある。前に進もうとする牧野さん自身の姿が、多くの難聴の子供や家族を支えているのだろう。(読売新聞社地方部 服部有希子)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

あわせて読みたい

牧野 友香子(まきの・ゆかこ)

1988年、大阪市生まれ。2017年、「デフサポ」設立。YouTubeチャンネル「デフサポちゃんねる」も運営し、難聴者の日常や難聴についての基礎知識を伝えている。

Keywords 関連キーワードから探す