東京・中野で先月、洋菓子店に勤務するパティシエの女性が刺殺されるという痛ましい事件が起きました。同じ日、元交際相手の死亡が確認されており、この男が女性を刺し、その後自殺したものと見られています。
女性は事件前、男から暴力を受けたことや、別れた後もつきまとわれていることを警察に相談し、警察も対処していたようですが、結果的に女性の命は救えませんでした。
ストーカー規制法が2000年に施行され、今年でちょうど20年になります。しかし、残念ながら今も、同様の悲惨な事件は後を絶ちません。なぜ、惨劇は繰り返されるのでしょうか。
とにかく逃げよ!
ストーカー規制法が施行される前、男女間のトラブルを巡っては、「民事不介入」とか「法は家庭に入らず」という原則が強調され、警察は介入することに消極的でした。しかし、1999年に起きた「桶川ストーカー殺人事件」を契機に、ストーカー行為に対する規制を強めるべきだという世間の声が大きくなり、立法につながった経緯があります。
同法では、ストーカー行為とは「つきまとい等を繰り返して行うこと」とされています。「つきまとい等」とは、恋愛感情、その他の好意の感情、またはそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、特定の者またはその密接関係者に対して、次の8パターンの行為をすることと規定されています。
(1)つきまとい・待ち伏せ・押しかけ・うろつき等
(2)監視していると告げる行為
(3)面会や交際の要求
(4)乱暴な言動
(5)無言電話、拒否後の連続した電話・ファクシミリ・電子メール、SNS等
(6)汚物等の送付
(7)名誉を傷つける
(8)性的羞恥心の侵害
同法に違反すると、最も重い場合で「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」に処せられます。
警察庁の統計によると、2001年に約1万5000件だったストーカー事案の相談等件数は、13年に初めて2万件を超え、以降、年間2万件超で推移しています。また、警察がストーカー被害者に防犯指導している件数も毎年約2万件、警察が加害者に指導・警告している件数は毎年約1万件で推移しています。
被害者の88.0%が女性で、被害者と加害者の関係については、「交際相手(元を含む)」が42.6%で最も多く、「知人・友人」(12.4%)、「勤務先の同僚・職場関係」(12.2%)が続いています。
被害者の年齢は20代が圧倒的に多いのが現状です。ストーカー規制法が施行されて20年たった今も、ストーカー被害は目立って減少しているわけではなく、若い世代の女性にとって深刻な事態が続いていると言えるでしょう。

ストーカー行為に悩んでいる人は、まず専門家や周りの人に相談してほしいです。具体的には、警察や弁護士などに相談することです。そしてとにかく、加害者から「逃げる」。これがとても大切です。電話や電子メール、SNSなどを通じて相手から連絡があっても、絶対に返事をしないこと。もし可能であれば、引っ越しをしたり、親類や知人の家に避難したりして、自分の身を守ってください。
この「逃げる」ということが、被害者の自己責任とされている現状も大きな問題です。被害者保護のための仕組みが整備されていないことは、ストーカー問題が解決に至らない一因でもあります。
加害者にカウンセリング・治療を
ところで、加害者を処罰すれば、それで被害は収まるものなのでしょうか? 先のパティシエの女性の事件では、加害者の男は女性に対する傷害の罪で罰金刑を受け、その後、女性へのつきまとい行為で警察から警告を受けていたそうです。にもかかわらず、この男は殺人という凶行に走ったことになります。
被害者の中には「警察に被害を申告すると逆恨みされるのではないか?」と恐れている人がたくさんいます。実際に逆恨みによって犯行に及んだケースも少なくありません。
ストーカー行為や、それがさらにエスカレートした凶悪犯罪を防ぐには、どうしたらいいのでしょうか。
加害行為を防ぐため、単に刑罰に頼るのではなく、加害者が抱えている問題の解決を図ることで、結果的に加害行為を抑止しようという考え方を「治療的司法」と言います。私は、この「治療的司法」の観点から、加害者にカウンセリングや治療を行い、加害行為・再犯行為を防ぐことが肝要と考えています。ストーカー行為の加害者の多くは、被害者に対して異常なまでの執着心を抱いています。だから、被害者への異常な執着から加害者自身を解放すること。これが大切なのです。
こうした取り組みのためには、法改正が必要です。実施されれば、費用面、人員面などでの公的負担も相当なものになるでしょう。
しかし、男性議員が圧倒的に多い日本の立法府は、「女性問題」への対応が遅れがちです。だからこそ、私たち女性が社会の問題に関心を持ち、声を上げることが大切なのです。弁護士として、一人の女性として、声を上げ続け、社会を変えていけたらと願っています。