四国の「つまみ食い」お遍路で心をととのえる旅

いつかはと思いつつ、なかなかトライできずにいた旅があります。それは、四国八十八か所の霊場を廻る巡礼、「お遍路」。完遂すれば願いがかなうと言われています。

徳島、高知、愛媛、香川と四国4県にわたるその道のりは、約1400km1日に30キロ歩いたとしても、ゆうに1か月以上はかかってしまいます。あまりのロングトレイルに実現できずにいたのですが、2022年の始まりに、ほんの少しだけトライしてみることに。絶景や食も楽しみながら、ときに路線バス、ときに車を使いながら、マイペースなお遍路を体験しました。

お遍路とは

お遍路の始まりは、今から1200年前。諸説ありますが、弘法大師・空海が開創した88の霊場を、後に弟子がたどったことに由来すると言われています。当初は修行の道でしたが、江戸時代に弘法大師信仰が高まると大衆化しました。現代は、開運や健康祈願、縁結び祈願などを目的として楽しむ人も増えています。

徳島県にある1番札所「竺和山 一乗院 霊山寺」に始まり、香川県の八十八番札所「医王山 遍照光院 大窪寺」までのルートが確立されたのは17世紀後半。四国遍路を詳しく紹介した『四国遍路道指南』の中で、霊場に札所(番号)が記されたことがきっかけでした。江戸時代版ガイドブックともいえるこの本は大ベストセラーとなり、空前のお遍路さんブームとなったとも言われています。

すべての札所を一度に巡る「通し打ち」や、区間を区切って何回かに分けてお参りする「区切り打ち」、一番札所から番号順に巡る「順打ち」や、その逆の「逆打ち」など、お遍路にはさまざまなスタイルがあります。今回私が選んだのは、興味のある札所がある街を拠点に旅程を組む、いわば「つまみ食い」お遍路です。

住宅街を歩いて目指す徳島市の札所

徳島市で訪れたのは、第十四番札所「盛寿山 延命院 常楽寺」と、そこから約1kmの第十五番札所「薬王山 金色院 國分寺」。徳島駅から路線バスで30分ほどの住宅街にあります。お遍路を意識した旅でなければ、なかなか足を延ばさない場所かもしれません。

常楽寺
常楽寺の「流水岩の庭」。岩盤の断層が重なる自然の美しさにとけ込む魅力を醸し出す
アララギ大師
木の枝の間に祀られているのは、「アララギ大師」と呼ばれる弘法大師の像(常楽寺)
國分寺
國分寺の豪快な石組がみごとな枯れ池式庭園は必見

Googleマップを頼りに、知らない土地で路線バスに乗り(しかも、絶対にバスを乗り間違えないように注意しながら)、住宅街を歩いて目的地を目指す旅なんて、十数年ぶり。緊張感と好奇心を抱きながら目にした風景は、有名な景勝地でなくても新鮮に映るから不思議です。各地へ旅するようになった頃を思い出して、初心に帰ったような気持ちで歩くことができました。

高知市で一つだけ願いをかなえてくれる

高知市の五台山の麓にある第三十一番札所「五台山 金色院 竹林寺」は、知恵を司る文殊菩薩をまつる寺院です。高知駅から出ている周遊観光バス「MY遊バス」に乗れば30分ほどで到着します。

竹林寺
山門から続く階段。先に進むのがワクワクしてしまうような眺め

山門をくぐり、ゆるやかな階段を上ると、すがすがしい空気に迎えられました。ここは新緑や紅葉シーズンが美しいと聞いていたのですが、真冬のりんとした空気を帯びた風景も、なかなか風情があります。

一言地蔵
願いをひとつだけかなえてくれるという一言地蔵

緑豊かな境内でひときわ存在感を放っていたのは、朱塗りの五重塔。明治時代に台風で崩壊した三重塔を昭和時代に再建したものです。その脇になんともかわいらしい姿で鎮座していたのは、ひとつだけ願いをかなえてくれるという、その名も「一言地蔵」。手のひらサイズのお地蔵さまは、背中に願い事を書いて安置すると、願いがかなうと言われています。この小さなお地蔵様がまた愛くるしい。

五色幕が風に揺れる本堂の奥からは読経が聞こえて、気持ちもしだいに穏やかに。こうして旅ができることに感謝の気持ちがじわじわと湧いてきます。

ちなみに、竹林寺のすぐ近くには、高知が生んだ世界的な植物学者・牧野富太郎博士の記念館と県立牧野植物園もあります。次回に訪れるときは、自然と信仰と文化が成熟した美しい五台山で一日ゆっくりと過ごしてみたいと思っています。

境内に異次元空間が広がる松山市の名刹

道後温泉に近く、路線バスのアクセスもよかったことから旅程に組み込んだのは、松山市の第五十一番札所「熊野山 虚空蔵院 石手寺」。境内の多くの建物が国宝や国の重要文化財に指定されている古刹こさつです。

石手寺
両脇に薬師如来十二神将像が描かれ、天井から手まりがつり下がる石手寺の絵馬堂

金剛力士像がにらみをきかせる国宝の仁王門をくぐり、境内へ。長い回廊を抜けると、広大な境内には、本堂や三重塔、護摩堂など、名刹らしい建造物が並んでいました。

一方では、仏像が安置される長さ160mのマントラ洞窟があったり、黄金のマントラ塔があったり、五鈷杵ごこしょ(密教の法具のひとつ)の形をしたオブジェがあったりと、とても斬新な印象です。でも、それらすべてが平和を願って造られたであろうことは、境内のあちらこちらに記されたご住職のメッセージから伝わってきます。「お寺はこうあるべきだ」という固定観念を覆されたようで、これもまた貴重な体験でした。

高松市の修行の山でエネルギーチャージ

続いては、香川県高松市にある、第八十五番札所「五剣山 観自在院 八栗寺」です。市内から車で向かう途中、参道にあるうどん店「うどん本陣 山田家」で名物の讃岐うどんで腹ごしらえをして、ケーブルカーに乗り換えて標高375mの五剣山の中腹に向かいます。

ケーブルカー
1964年開業のケーブルカー。丸いフォルムがレトロでかわいらしい

ケーブルカーの八栗山上駅を降りると、すがすがしい緑の香りに迎えられました。本堂までの道には、奇岩あり、草花あり、野鳥の声ありで、自然のパワーも得られそう。

五剣山
かつては文字通り五つの峰があった五剣山。1707年の大地震で崩壊し、現在は四つの巨岩が並んでいる

四つの巨岩の岩肌がむき出しになった五剣山の雄姿は、見上げるとなかなかの迫力です。すっかりハイキング気分でいましたが、ここが修行の場所であることを思い出すと、気持ちが引き締まります。

巾着と大根の絵馬
絵馬には、財布を意味する巾着と、お聖天さまの好物とされる大根があしらわれている

八栗寺は、四国八十八か所霊場でも珍しい、歓喜天をまつる寺院。歓喜天とは、人の歓びを自らの喜びとする神様です。「お聖天さま」と呼ばれて親しまれ、弘法大師作の歓喜天が祀られた本堂横の「聖天堂」には、老若男女が参拝に来ていました。絵馬に描かれているのは、財布を意味する巾着と、聖天の好物とされる大根。ほのぼのとしたタッチにも親しみが湧いてきます。

五剣山の険しさと、聖天堂の包み込むような雰囲気と、すがすがしい空気。修行の旅にはほど遠いけれど、豊かな自然のなかで、心が洗われるような時間を過ごしました。

(取材・芹澤和美)

取材協力:四国四市観光誘致促進協議会
高知市公式ホームページ
松山市公式観光WEBサイト
高松市公式観光サイト
徳島市公式観光サイト

Keywords 関連キーワードから探す