ヤマハ ピアノが奏でるウィーンと日本のユニゾン

働く女のランチ図鑑vol.46

ベーゼンドルファーのショールームで

ヤマハミュージックジャパン
ベーゼンドルファー 主任 天沼あまぬま典子(30)

「音が天から降ってきて、体に染み入りました」。親交のあるピアニストのコンサートを鑑賞していた私は、生まれて初めてそんな経験をしました。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う自粛で、昨年の春以降、鑑賞を予定していたコンサートが全て中止に。7か月ぶりに聴いたピアノコンサートで、全身の細胞が音を感じるような経験をしたのです。

生活する上で、音楽は必要不可欠ではないかもしれません。ユーチューブなどの動画サイトには、多くのアーティストが歌声をアップし、オーケストラが演奏を披露しています。スピーカーやイヤホンを通し、いつでも手軽に聴くことができます。でも、直接耳に届く音色が、これほど心を揺さぶり、音楽が人間にとってかけがえのないものだと改めて思い知ったのです。

ウィーンの香りを運んでくるピアノ

スタインウェイ&サンズ、ベヒシュタインとともに、世界3大ピアノブランドと称されるベーゼンドルファーの東京ショールーム(東京・中野区)の運営を任されています。ピアノが作られているのは、音楽の都オーストリア・ウィーンの郊外に位置するウィーナー・ノイシュタット。ベーゼンドルファー社は1828年にウィーンで創業し、世界で最も古い歴史を持つピアノメーカーの一つです。

クリムトの「黄金のアデーレ」が描かれたピアノと天沼さん

ピアノに使用されるのは、アルプスで標高800メートル以上の厳しい環境で生育した樹齢90年以上の木材。機械で出来ることも、あえて熟練の職人が手作業で行っています。ピアノの製作には1年ほどかかりますが、木材となる木の育成から考えれば100年の歳月に及びます。だから、ベーゼンドルファーのピアノは、ウィーンの歴史と香りが漂います。

アーティストとともに広める

ベーゼンドルファーは、2008年に総合楽器メーカー「ヤマハ」の完全子会社になりました。私はまず、ヤマハに入社し、ヤマハ銀座店で接客営業を経て、浜松市にある本社に異動。その後、ヤマハの販売子会社・ヤマハミュージックジャパンに出向し、2017年からベーゼンドルファーで働いています。今の主な仕事は、ベーゼンドルファーの販売代理店などとの連絡調整や卸業務、ショールームでのコンサートの企画、接客など。ホームページの制作や運営も手がけ、オーストリアのベーゼンドルファーの本社とのやりとりも行います。

ピアノを実際に購入する人は限られていますから、販売のプロモーションといっても、できることが限られています。ベーゼンドルファーの名前を知っている人も決して多いとは言えません。かつて、ベーゼンドルファーのピアノは、作曲家でピアニストのフランツ・リスト(1811年~86年)の激しい演奏に耐え抜いたと評判になって、ヨーロッパで認知度を高めたと言われています。私も、アーティストにベーゼンドルファーの魅力を広めてもらうべく、アーティストとの関係作りにも力を入れています。

お客さまとは何時間でも何年でも付き合う

ベーゼンドルファーの魅力について語るヤマハの天沼さん新型コロナの感染拡大の前は、「オーストリアの現地でピアノを選びたい」というお客さまのリクエストに応じ、ウィーン郊外にある工場に同行することもありました。日本のビジネスと比べると、のんびりとしたオーストリア人の接客はもどかしく、歯がゆい思いをしたこともありました。

ベーゼンドルファーのグランドピアノは、一番小さいタイプでも1000万円を超えます。お客さまは何年もかけて購入を検討するため、付き合いは必然的に長期間になります。時間がかかっても、品質の良さを納得してもらいたいとの思いはありますが、フォローの連絡をするタイミングに迷います。ショールームを訪れたお客さまと初めて会話を交わしたときに、今後のお付き合いの道筋を頭に思い描くようにしますが、その道筋を間違えてしまうこともあります。そのたびに、接客の難しさを感じます。

とにかく、何時間でも耳を傾けるように心がけ、ピアノを購入することで、お客さまが「何を求めているのか」の真意をつかむようにします。複数のピアノメーカーのショールームを巡るたびに、私に報告をしに来てくれるお客さまもいました。「やっぱり、ベーゼンはいいね」「天沼さんなら安心できる」と言ってもらえることが、何よりの喜びです。クラシック音楽の話題で盛り上がったり、趣味の話をしたり、ピアノの縁で長いお付き合いになる方も珍しくありません。

ご褒美に買ってもらったグランドピアノ

ベーゼンドルファーの魅力について語るヤマハの天沼さん7歳でピアノを習い始め、毎年、コンクールに挑戦しました。流行のアイドルもそっちのけで鍵盤けんばんに向かい、練習に励みました。小6で全国大会出場を果たすと、ご褒美に買ってもらったのが、ヤマハのグランドピアノでした。大学時代には交換留学で渡米し、副専攻でピアノを続けました。韓国、中国、イギリスへも短期滞在した経験を振り返り、海外へ日本の魅力を伝える仕事をしたいと考えるようになりました。ある日、自宅でピアノを目にしたとき、一生懸命打ち込んだ思い出がよみがえりました。それが、ヤマハへの入社を志すきっかけのひとつとなりました。

アツアツのあんで、アイデアひらめく

ショールームの近くにある中華料理店のしいたけそばがお気に入りです。肉厚でジューシーなしいたけがたっぷり。アツアツのあんに冷たいお酢をかけると、ちょうどいい温度になります。行列のできる人気店なので、混雑する時間を避けて行っています。コロナの感染対策で1人で行くことが多いですが、ランチタイムは頭の整理をする貴重な時間です。職場ではどんなに頭をひねっても思い浮かばなかったのに、「あぁ、こうしたらいいのか」とアイデアがぽんぽんと浮かんでくるんです。

日本のピアノを外国へ

留学で培った語学力を生かし、ヤマハの海外販社で勤務するなどグローバルな世界で仕事がしてみたいと思っています。今は、オーストリアのピアノを日本で広める仕事ですが、入社当初の夢だった日本の魅力を海外へ伝え、また、ヤマハとベーゼンドルファーがもっともっと成長していく未来に長く関わっていたいと思っています。

(取材・メディア局編集部 渡辺友理、撮影・稲垣純也)

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生き生きと働く女性をクローズアップする「働く女のランチ図鑑」。職場での仕事ぶりや気になるランチの様子をお届けします。

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稲垣純也
稲垣 純也(いながき・じゅんや)
カメラマン

1970年愛知県生まれ東京在住。篠山紀信氏に師事。2002年独立。雑誌やWebを中心に主に人物撮影。得意分野は女性ポートレイト。

Junya Inagaki