企業の役員や代表として道を切り開いてきた女性たちが、自身のキャリアを支えた本を紹介し、20~30代の働く女性たちにエールを送ります。
東北電力で初の女性役員になった宮原育子さんは、大学で教鞭をとりながら、地域づくりにも携わっています。明治時代に東北を旅した英国人女性イザベラ・バードの旅行記から、東北の美しさ、豊かさを知ったといいます。
豊かな自然、歴史と共に生きている東北の人々
――地理学が専門で、日本ジオパーク委員会の副委員長でもあります。ユニークな経歴ですね。
専門学校を卒業後、旅行会社で働いていました。大学への憧れもあり、仕事で出会う人たちの生き方に触発されて、31歳で社会人入学しました。地理学を専攻し、ゼミの先生が山岳部の部長で、谷川岳などの山々に登り始めて。自分の知らない世界に目を開かれる思いでした。卒論から博士論文まで、中央アルプスの高山環境でハイマツがどうやって松ぼっくりをつけるか、という研究を続けました。調査のためにメジャーを持って、山の上を何日もはいつくばっていました(笑)。現在は、東北の自然環境を生かした観光やまちづくり、日本ジオパークの認定調査に携わるようになり、それまでの経験や学びが生きていると感じています。
――バードの本を読んだきっかけや、好きなところは?
英国の探検家・紀行作家のイザベラ・バードは、明治11年(1878年)6月から9月にかけて北日本を旅して、「日本奥地紀行」を執筆。
1997年に仙台に移り住んだころ、東北のことを知りたくて読みました。バードは、見たまま飾らず、メリハリをつけて書いています。東京から日光を通って、福島の会津、新潟、山形、秋田を通って青森から松前(北海道)まで。道中の描写が女性ならではなんです。農村の風景から細かい作物の名前まで書かれていたり、男の人たちが子供を抱っこしながら子供自慢している様子が描かれていたり。日本のことだけど、別世界をのぞいているようなところがとても面白くて。特に、「東洋のアルカディア」と称された米沢平野(山形県)の描写が好きです。偶然ですが、2002年から、そのアルカディアに住んでいます。漫画(佐々大河「ふしぎの国のバード」)も出ているので、そちらもおすすめです。
かつては「うちにはいいところがない」と言う人が多かったですね。そんなことはないのに。自然豊かで人情に厚く、東京と違って居心地がいいですよ。そして何より、東北の人たちは歴史とともに生きている感じがします。それを保守的と言うのかもしれないけれど、すごい強みでもある。歴史を知り、自分たちのよって立つところを確認することは、未来へ命をつなぐ大切なことです。
――東日本大震災から10年を迎えます。
震災直後から自治体の復興計画の策定に携わったり、その後は観光の復興について助言したりしてきました。被災地の人口流出が続くなかで、どうやって交流人口を増やし、観光を振興していくのか。そして、震災の記憶をどう残していくか。今も取り組む大切なテーマです。
後輩たちに背中を見せたい
――15人の取締役会で唯一の女性ということですが、社外取締役になったきっかけは?
東北電力による地域活性化の支援事業にかかわったことはありましたが、何の前触れもなく打診されたんです(笑)。会社員の経験はあっても経営の経験はないので、果たして私がどれほど役に立つのだろうかと甚だ疑問ではありました。でも、東北電力は水力や火力など地域の資源を使って電気事業を行っている、地域と不可分の事業をしている会社なので、私の知見を役立てられるならうれしいと思い、引き受けました。男性が圧倒的に多いので、社外とはいえ初めての女性役員として社員をエンカレッジできたら。社内から女性役員が出てくるまでの先鞭をつけたいですね。
――役員として力を注いでいることは何ですか。
社員との対話を大切にしています。女性社員は増えてきていますし、水力発電の技師や事業所長などいろいろな職種にいます。できるだけ各地に足を運び、現場の声を聞き、働く姿を見て、会社の方向性を考える手がかりとしたい。女性社員は先輩の背中を見る機会が少ないので、社外の働く女性たちと交流をして世界を広げてほしいと思っています。私自身の経験上も、山形県や仙台市のトップで活躍する人の姿を間近で見られてラッキーだったし、他の職場の女性管理職との交流でとても勇気をもらいましたから。ですから私も、女性社員たちにとって、そういう存在になりたいですね。
いつもご機嫌でいたい
――もう一冊、お気に入りの本を教えてください。
女優の沢村貞子さんの「私の台所」も大好きな本です。沢村さんの日々の食事の献立や暮らしを大切にする様子が書かれていて、何度も読み返しています。自分の体調が悪くなると、お料理を作っているシーンを読みながら、自分の食生活を立て直します。人付き合いについても、自分は自分、他人と距離をもって付き合いましょうといったことが書いてあるので、読んでは気持ちを新たにしています。明治の女性はすごいですよね。バードもそうですが、女性がいろいろな可能性を持っていることに励まされます。仕事で行き詰まると、キュリー夫人など女性研究者の自伝を読んで、「みんな悩んでいたし、大変だったんだな」と思えて、力をもらえます。

――若い世代に仕事をする上でのアドバイスを。
月並みかもしれませんが、心身の健康を大切にしてほしい。ちゃんとした物を食べて、ちゃんと寝て、いつもご機嫌でいてほしい。体調を崩すと、ちょっとしたことでも深刻に考えてしまって、十分に力を発揮できないですから。体調管理は、自分にしかできません。私は、山形の自宅での野菜づくりや猫の世話などの農村ライフで、エネルギーをチャージしています。
(聞き手・読売新聞メディア局 小坂佳子)