GSK 臨床試験データの向こう側にある「あきらめない」の原点

働く女のランチ図鑑vol.42

グラクソ・スミスクライン(GSK)
クリニカルデータマネージャー 秋本純芽あやめ(31)

「そろそろ、会議を始めない?」

異国の地で勇気を振り絞って放った私の言葉に、会議のメンバーは誰ひとり反応しませんでした。メンバーは皆、カップに直接、粉を入れて上澄みを飲むコーヒーが良い具合に仕上がるのをじっと見つめているだけ。会議は一向に始まらず、だらだらと時間だけが過ぎていきました。

東京本社で新薬開発メンバーの一員として働いていた私は、2017年7月から半年間、グラクソ・スミスクライン(GSK)が行う長期ボランティアプログラムに参加。中東のヨルダンで難民の自立や就労などの取り組みを支援しながら、寄付を募るための広報活動に携わりました。プロジェクトの企画立案や、彼らが自分たちでプロジェクトを運営できるようサポートするマネージャーの役割もありました。

会議は、ヨルダンの難民キャンプで暮らす人たちが自立のために何をするか、話し合いをするものでした。ところが、彼らはコーヒータイムに時間をとられるばかり。コーディネーター役を務めた私が、会議の進行方法や段取りの手順をアドバイスしても耳を傾けてくれません。GSKでは、医療現場で医師や研究者と議論を交わしてきた経験があっただけに、「適当にあしらわれている」と悔しい思いを募らせました。

それまでは、会社の看板があったからいろいろな人と対等に話ができたけれど、私個人ではだれも相手にしてくれないのだと、痛切に感じた出来事でした。

他愛のない言葉でだれかが傷つく

山口県下関市で生まれ育ち、調剤薬局を営む両親の影響で薬剤師を目指しました。東京の生活に憧れ、東京理科大薬学部に進学。ウキウキしながら住まいを探すときになって初めて、キャンパスが千葉県野田市だと分かり、母と苦笑いをしました。

薬剤師の免許を取得し、大学卒業後の進路を考えたとき、病で苦しむ多くの人を助けることができると製薬会社で新薬開発の道を選びました。社員のボランティア活動を制度化し、積極的に支援しているGSKの取り組みにも強くひかれました。

幼少時代から障害のある人や病を抱える人たちが身近な存在でした。困っている人や弱者に手を差し伸べることは、自然な行為と受け止めています。差別や偏見など、自分にはないと思っていました。

ところが、性的少数者(LGBT)が集まる会合に参加したとき、何げない会話の中で「私、まだ独身なんだ。そろそろ結婚しないとまずいよね」と口にしたことがあります。自虐ネタのつもりが、「それって結婚できる人が言えることだよ」と指摘され、ハッとしました。

他愛なく発した一言が、だれかを傷つけてしまう。このことをきっかけに、社員有志でLGBT+アライ(支援者)のグループ「Spectrum JAPAN(スペクトラム・ジャパン)」を発足。共同代表として、社内外の関係者と交流を広げています。

社内に設けられた休憩や雑談に使われるグリーンに囲まれた球体スペース

臨床試験の方法や手順を企画

ヨルダンでのボランティア活動を終え、2018年にGSKに戻り、再び開発チームの一員に。国際共同治験のデータマネージャーとして、世界各国から集まってくる臨床試験のデータの管理や活用方法を検討しています。

データは、被治験者の身長や体重、持病の有無、血圧、心電図の数値など多岐にわたります。それらが正しく入力されているか、各国でルールが微妙に違うこともあるため、根気よくこつこつと作業をこなす必要があります。治験データの中に一見、異常な数値があっても、特定の基礎疾患の可能性があると判断できるのは、薬剤師としての知識のおかげです。

データを扱う仕事は、画一的で細かい作業ばかりかと思っていましたが、実際はコミュニケーションをとる機会が増えました。新薬を開発する上で、臨床試験は複雑かつ慎重な手順が求められるようになっています。心電図は何回取ればいいのか、頻度や規模はどの程度が適当か、患者の負担にならないようにするには――。自分の考えや意見を求められることが多くあります。

海外の治験プロジェクトに携わっているため、米国時間に合わせて夜中に会議が始まることも珍しくありません。これまでは、欧米チームが集まっている会議室に私一人だけ、よそからお邪魔するような状態で、発言も遠慮がちになっていました。新型コロナウイルスの影響で、各国のチームメンバーが在宅勤務になり、それぞれが自宅から会議に参加するため、対等な雰囲気で議論がしやすくなったように思います。

ランチは炭水化物で元気回復

東京・赤坂にある会社に出勤した時は、ランチタイムに女性の同僚や先輩と近くの店で食事をすることが多くあります。女性同士の会話は、互いにアドバイスをするというよりは、それぞれが語り合い、聞き合うスタイル。リラックスする時間であるだけでなく、仕事と育児の苦労や、妊娠で体調を崩した悩みなどに触れることもあります。働く女性の現実が身につまされるとともに、身近にロールモデルがいることは心強く感じています。

ウーバーイーツで頼んだ代官山「マルゴ」のカレー

在宅勤務になってからは、ちょっとぜいたくなランチをテイクアウトしたり、宅配サービスで頼んだりすることが増えました。人気店のサンドイッチや焼き鳥弁当、カラフルなサラダなど、いろいろなメニューを楽しんでいます。代官山の「MARGOTH(マルゴ)」のカレーは、夫婦ともにお気に入りのランチ。仕事が夜遅くになることも多く、データを扱う仕事は集中力が大事。元気を回復させ、頭が働くように、炭水化物をしっかり取るようにしています。

「こうあるべき」は通用しない

緻密ちみつにスケジュールが決められている新薬開発は、それぞれの段階で一つひとつのプロセスをこなしていくことが当たり前とされています。ヨルダンでボランティアをした経験は、そうした“常識”が覆されるものでした。「今まではこうだった」「こうあるべき」と決めつけていては、もはや通用しないことがあります。

新型コロナで予期せぬ事態に陥ったり、技術革新によって研究結果が大きくアップデートされたり、あと一歩のところで開発が頓挫したりすることもあります。だから、新薬の開発は忍耐強く、柔軟な姿勢が求められます。厳しい意見や態度に接する場面もありますが、もっと冷静に毅然きぜんとしたコミュニケーションができるようになりたいと思っています。

そして、どんな困難な状況でも、決してあきらめない気持ちを持ち続けたい。臨床試験データの数字の向こう側に、薬を待ち望む患者の姿があります。

取材・文/メディア局編集部 鈴木幸大、撮影・稲垣純也)

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生き生きと働く女性をクローズアップする「働く女のランチ図鑑」。職場での仕事ぶりや気になるランチの様子をお届けします。

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稲垣純也
稲垣 純也(いながき・じゅんや)
カメラマン

1970年愛知県生まれ東京在住。篠山紀信氏に師事。2002年独立。雑誌やWebを中心に主に人物撮影。得意分野は女性ポートレイト。

Junya Inagaki