ロート製薬・力石正子、まだ自分は学ぶことができる

成功をもたらしたこの一冊

今では当たり前になっている妊娠検査薬や排卵日予測検査薬などを世に送り出した、ロート製薬の力石さん。男女雇用機会均等法の施行前に入社し、女性管理職として道を切り開いてきました。子育て期の心の支えとなった一冊、大江健三郎の「『自分の木』の下で」には、今も学ぶところが多いと言います。

通勤はバイクで疾走

――女性にはなじみ深い妊娠検査薬の製品開発を担当してきたそうですね。

忘れられないのは、開発段階でのある薬局の男性薬剤師の一言。「そんなん、いらんやろ」と言われたのが悔しくて。いかに現実とのギャップがあるか、わかっていない。妊娠したら病院に行けばいいから検査薬なんていらないと言われたのだけれど、本当に体を大事にしなければいけないのは、妊娠したかどうかがわからない時期でしょう? 検査薬の必要性を理解してもらい、商品化が実現するまでに何年もかかりました。メンバーが諦めず、やり続けたからできたのだと思います。

――女性社員の少ない時代に、子育てをしながら仕事を続けるのは大変だったのでは。

時間をお金で買いましたね。まず、バイクの中型免許をとったんです。なんでかって? 保育園と会社まで、電車ではなく高速道路を使って通うためですよ(笑)。会社をやめるなんていう選択肢は頭になかったので、午前7時に登園して8時20分の会社の始業にどうやったら間に合うかを考えて、バイクで通勤することにしたんです。

子育ての希望を見いだす

――「『自分の木』の下で」を読んだのは、いつごろですか。

下の子が3歳のころ、今から20年ちょっと前です。1年間、会社を休職して、自閉症かもしれないと言われた息子と親子通園をしました。どこまでが個性なのかがわからず、みんなと同じにやっていけない息子とのことを思いながら、自閉症、アスペルガー症候群に関する本を読みあさりました。そこに少しでも希望的な文章を見つけると、それを支えにしてきた気がします。

「『自分の木』の下で」(大江健三郎、朝日新聞社)は、「なぜ子供は学校に行かなくてはいけない?」といった素朴な疑問に、ノーベル賞作家が自らの思い出や知的障害のある息子との暮らしに触れながら、やさしく、じっくりと語りかけるエッセー集。

中でもこの本は、心にジーンと残っています。大江さんの息子さんが養護学校を卒業するとき、「不思議だなあ」と同級生と語り合う場面は、とても印象的です。学校や社会の仕組みの中で生きていくとはどういうことか、豊かさとは何なのか、深く考えさせてもらった本です。

思い悩んでばかりの子育てでしたが、くじけそうになったとき、周りの方々に助けてもらいました。子供って、親だけががんばっても無理で、社会が育てるものなんだとわかりました。

――今回、読み返したと思いますが、何を感じましたか。

「おー、そうやったな」と当時を思い起こし、涙が出ました。「子供の戦い方」「取り返しのつかないことは(子供には)ない」など、子供のこととして書かれているけれど、人生について書いてあるんです。改めて、様々な気づきがありました。こうして、また自分は学ぶことができると思うと、元気が出ますね。

――普段は、ほかにどんな本を読みますか。

読書は通勤中の楽しみです。原丈人さんの「『公益』資本主義」など、目からうろこの気づきがある本は、社員同士で紹介し合うこともあります。小説も好きで、最近、面白かったのは、宮部みゆきの「この世の春」です。ミステリーサスペンス+歴史、そこに心理学というか、心の病が入ってきて興味深かったです。

自分から動く、ビジョンを共有する

――今の担当である製品開発戦略本部の仕事は、どういうものですか。

10年後の私たちの生活がどうなっているか、議論しています。過去30年よりもっと大きな変化が訪れるかもしれない。「Well-being(幸福)」のあり方について考え、ロートの強みをどこに特化していくのか、ビジョンを示すこと。そして、そのビジョンを社員と共有すること。それが私の仕事です。

――20代、30代の働く女性にアドバイスをお願いします。

管理職を目指す女性たちには、自分の部門だけでなく、ほかの部門のことも広く知ってほしいですね。それが、次へのステップになります。会話を大切にして、情報を取りに行く。殻にこもっていてはいけません。専門職っぽい管理職もいますが、経営の視点を持つことが求められます。

何より、自分で考えて動くことが大切です。誰かが答えを言ってくれるわけではありません。動かないと何も変わりません。声に出して動けば、それを誰かがちゃんと見てくれているはずです。私自身、「こうしたい」と言うことで、周りがフォローしてくれました。自分が動き出すことがきっかけとなって、皆がつながっていくことでしょう。

(聞き手・読売新聞メディア局 小坂佳子)

※写真はロート製薬提供

「成功をもたらしたこの一冊」シリーズは、こちらから。

力石 正子(りきいし・まさこ)
ロート製薬 上級執行役員・チーフヘルスオフィサー(CHO)

1982年、ロート製薬入社、点眼薬の開発や妊娠検査薬・排卵日検査薬の開発・啓蒙に携わる。その後、「Obagi」の導入・開発を通じて機能性化粧品分野も新規開拓。2010年に研究開発本部製品開発部部長、15年にマーケティング本部商品企画部部長、18年に取締役、20年6月から、上級執行役員、CHO、製品開発戦略本部エグゼクティブデザイナー。