Zaim閑歳孝子、人と比較せず幸せを自分で作る

成功をもたらしたこの一冊

850万ダウンロードを誇る家計簿アプリ「Zaim」の開発者であり、経営者でもある閑歳孝子さん。大好きな本のひとつが、匿名ブログから書籍化された「ハッピーエンドは欲しくない」です。「自分の思うように自由に生きていいのだ」と励まされるそう。新型コロナウイルスの影響で日常生活が変わるなか、閑歳さんは異なる立場の人々の暮らしに目を向けることを大切にしています。

交通費ゼロ、交際費なし、変わる家計

――新型コロナウイルスの影響で、働き方や生活、家計も大きく変化しました。

3月末から社員はほぼ全員リモートで仕事をしていて、現在もそうです。6月の初めに久しぶりにオフィスに行ったのですが、「この場所に社員全員が集まることは、しばらくないのかな」と寂しくなりました。

アプリの利用者の変化はすごく感じています。学校の休校措置や飲食店の営業自粛などがあり、それが家計にも反映されているし、ユーザーからは今後の見通しに懸念を持っているとの声が届いています。

すぐにできることとして、利用者ごとに適切な保障などの情報を提供し始めています。個々人が周囲に流されることなく、自らの判断で選択し、家計や家族を支えていってほしい。もともとそういう思いでサービスを立ち上げましたが、その思いが一層強まりました。

――閑歳さんの家計も変わりましたか?

この3か月は、交通費がゼロ。交際費も支出がないです。もともとそれほど買い物をする方ではありませんが、ある意味、限界値を知りました。私って、ものを買わなくても、お金を使わなくても満足できちゃうんだな、というのがわかったというか。ただ、一人でふらりと旅をするのが好きで、今年のゴールデンウィークの予定がなくなったのは残念でした。

自分と違う環境や世界のことを知る

――社員にも勧めている本の一つという「貧乏人の経済学」は、いつごろ読んだのですか。

「貧乏人の経済学」(みすず書房)は、2019年のノーベル経済学賞を受賞した米国のアビジット・V・バナジー氏、エスタ-・デュフロ氏の著書。社会実験を用いて、貧困問題解決の糸口を探る。

昨年秋にモロッコを旅したとき、移動中に読みました。モロッコについても書かれていて、目の前の景色とリンクして印象深かったです。貧困問題について、一般論で「そうだよな」と思うようなことも、徹底したリサーチによって裏付けられているところが面白くて。お金をただ与えるだけでは貧困は解決しない。どうアプローチしたらよりよくなるのかというのを、いろんな方向から書いてあるのです。

私たちの会社は、社員のほとんどが首都圏在住で、しかもリモートで働ける環境にあります。けれど、サービスの利用者は、全国津々浦々、経済状況も様々です。自分たちだけを見ていると見誤ってしまう。そのために、自分とは異なる世界や環境のことも本を読んだりドキュメンタリー番組を見たりして、多様な視点を持つよう心がけています。

――好きな作品として挙げた「ハッピーエンドは欲しくない」は、どんなところが気に入っているのですか。

はてな匿名ダイアリーで人気の著者による「ハッピーエンドは欲しくない」は、Kindleで読むことができる。ドラッグやホームレスを経験しつつ、プログラミングの技術で稼ぎ、ひとつところにとどまることなく生きる姿がつづられている。

ネット上で有名な私小説で、作者はすごく頭がよくて洞察力に優れているけれど、社会にあまりなじめなくて。エンジニアでプログラミングもするけれど、すぐにどこかへ行ったり放浪の旅に出たりする。世で言う成功とはかけ離れているけれど、幸せを自分で作っている。誰かと比較することもせず、自分がいいと思うことをやっている。そこに魅力を感じて、そういう人がすごく好きで。同じ作者で「人生に物語は要らない」というブログ記事もあるのですが、目的がなくても、生きていること自体が楽しいし、自分でやりたいことができるというのを体現している。読むと、自由でいいんだと思えます。

――本当は漫画で「この一冊」を選びたかったと聞きましたが(笑)。

漫画は絞れなくて。何でも読みます。女性漫画だと古いものが好きで、萩尾望都の短編「半神」は衝撃を受けて、人生観が変わった作品ですね。少年漫画だと「ワールドトリガー」や「ハンターハンター」とか。

 やりたいことが見つからなくても焦らない

――これまでの道のりを振り返って、最も困難だったことは何ですか。

 2011年ごろ、正社員として働きながらZaimを開発していた時期は、今思えば、よくやったな、と。1年くらい、会社で8時間働いて、行き帰りの電車と家に帰った後と土日はずっと、誰にも会わずにひたすらZaimを作っていました。

――そこまで駆り立てたものは何だったのでしょうか。

プライベートでいろいろサービスを作っていて、みんながすごいねと言ってくれたけれど、誰かの人生にとってあってもなくてもいいものでしかなかった。ちゃんと人のためになるものを作らないと意味がないと思って。それに、自分が本当にいいと思うものを作らないと後悔しそうだったから。体力的には大変でも、楽しくてしょうがなかったですね。

――若い女性たちから、「やりたいことが見つからない」という声をよく聞きます。

自分も出版業界に始まって、四つも職業が変わっています。やりたいことはすぐに見つからないし、一本道でもない。でも、焦らないでほしい。一生かけても、明確にやりたいことが見つかる人って、実はそんなにいないのでは。それはいい悪いではないし、どっちがすばらしいというわけでもない。

たまたま自分はものを作ることに対して強烈に好きだと思えたけれど、そういうものが見つからなかったとしてもがっかりしないでほしい。目の前の人が喜んでくれたらうれしい、こういうことをしているときに自分は心地いい、といったことも生きる上での芯になると思う。そういう気持ちを軸にキャリアを考えていくのもいいのではないでしょうか。

(聞き手・読売新聞メディア局 小坂佳子)

「成功をもたらしたこの一冊」シリーズは、こちらから。

閑歳 孝子(かんさい・たかこ)
Zaim代表取締役

1979 年生まれ、慶應義塾大学環境情報学部卒業。日経BP社で記者・編集に携わった後、Web系ベンチャー2社を経験。独学でサービスやアプリ開発の技術を学び、2011年に家計簿アプリ「Zaim」を個人サービスとして公開。2012年に法人化し、850万ダウンロードを超える国内最大級のサービスに成長させる。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス 特別招聘しょうへい教授。