昭和な上司にうんざり…誘われたベンチャーへ転職の落とし穴

キャリア小町その2

夜になるとライトアップされた赤レンガの駅舎が美しい東京駅。高層ビルが立ち並ぶ丸の内から少し歩いた所に、悩みを抱えたキャリアウーマンたちが日々訪れるカウンセリングサロン「キャリア小町」があります。都内でソメイヨシノの開花が伝えられた3月中旬、桜色のスーツに身を包んだ1人の女性が訪ねてきました。

有名私立大学の社会学部を卒業し、中堅商社に勤める美穂さん(25)は営業職3年目。モデルの鈴木ちなみさんを思わせるショートボブのヘアスタイル、アプリコットオレンジのアイシャドーが春を感じさせます。

「考え方が昭和っぽくって、もう嫌になっちゃう。『クライアントにきちんとあいさつに行け』ってうるさいんです。最近じゃ、テレワークやオンラインでの会議や打ち合わせが推奨されてるのに、『足で稼げ』って、ちょっと古いと思いませんか」。美穂さんは、少し興奮した様子で話し始めました。ひとしきり職場の上司への不満を口にすると、「転職を考えている」と打ち明けました。

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転職の決断に生じる「バイアス」

先日、大学時代の先輩からLINEで連絡があったというのです。「最新テクノロジーを活用したベンチャー企業の立ち上げに参画しているので、一緒にやってみない?」。AI(人工知能)やロボットといった最先端の事業に関われると想像すると、美穂さんの心は動かされたそうです。

実は、大学生のような雰囲気をまとったままの美穂さんが訪ねてきた瞬間、ちょっと嫌な予感がしていました。専門的に言うと、美穂さんは、「利用可能性ヒューリスティック」が影響して、転職へと心が動いているのだろうと想像できました。

こんにちは、サロンオーナーの土屋です。あまり聞き慣れない言葉ですから、ちょっと説明しましょう。「利用可能性」とは、簡単に言うと、人がものを考える時に頭に浮かんできやすい情報を指します。「ヒューリスティック」は、人が意思決定をする際に使うある一定の法則のことで、ある一定の偏りを生むことから、「バイアス」と言われることもあります。

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つまり、人が意思決定をする際には、思い込みや先入観があり、しかも自分に都合のいい情報を優先して判断してしまうということです。

美穂さんは、たまたま知人に誘われた会社が、勢いがありそうで、自分がいる会社よりも華やかにも見えてしまって、安易に転職を考えたケースということです。ベンチャーに誘った先輩は、きっと美穂さんの憧れの人なのでしょう。「転職は『離婚を伴う再婚』くらいの覚悟が必要です。そんな浮き足だった状態ではうまくいきません。ちょっと冷静になって考えてみて」。そう言うと、美穂さんは納得いかない様子でサロンを後にしました。

小さなベンチャー企業に「居場所がない」

実は以前、一部上場の大企業を辞めて、ベンチャー企業に転職した女性がいました。「社員が5人しかいなくて、社長との距離が近い」「将来性があって、やりがいがありそう」……。転職に迷いはなかったそうです。「大企業のぬるま湯を飛び出し、ベンチャー企業で力を試す!」と言っていた彼女の踏み出す勇気は賞賛できます。

ただ、後日、彼女の状況を聞いてみると、打ち合わせなどに社長と同行しても、議事録をメモしているだけ。人手が少ないために、雑用を押しつけられることも。これまでの経験や資格を生かせるような仕事は何一つできません。

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あげくに、エンジニアでもある社長はワンマンタイプの自信家。チームで仕事をすることに関心がないそうです。女性は「小さなベンチャー企業だからやりがいがあると思ったのに、会社に居場所を感じられない」とこぼしていました。

転職のきっかけは、飛び込みで訪ねた転職エージェントの紹介でした。転職エージェントは、もちろん転職支援のプロでもありながら、転職を成功させることでフィーをもらうビジネスですから、出会ったばかりのエージェントからの情報だけでは、やはり偏りがあると言わざるを得ません。女性は「エージェントの担当者は、紹介する企業の良いことしか言わなかった」と振り返りますが、与えられる情報を鵜呑みにしていた彼女自身のスタンスは反省ポイントです。

信頼できる誘いでも生じるミスマッチ

最近では、自社の社員から人材を紹介してもらう「リファラル採用」という手法が広がっています。「マーケティングに詳しい人がほしい」「企業広報の経験者を求めている」「入社したら、ウェブデザインにセンスを生かせる」……。ある日、友人知人からこんな誘いを受ける可能性があるということです。

信頼できる人からの誘いに乗るというのも、一つのアクションのきっかけになります。ただ、友人には友人のバイアスがあります。その人は、昼夜問わず、バリバリと働くことが楽しいと感じているかもしれませんが、あなたはワーク・ライフ・バランスを重視するというなら、ミスマッチが生じかねません。社風や業務内容をしっかりと見極める必要があります。

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冷静に考えたい転職は最善の選択か?

数日後、美穂さんは再びサロンに顔を出してくれました。「ベンチャーで働く他の友人にも話を聞いてみたんです。客観的に考えてみれば、うちの会社は残業も少ないし、給料も悪くありません。勤務後にワインスクールに通えるくらい、気持ちにゆとりがあります。上司の言っていることも間違ってはいませんよね」とふっ切れた様子です。今の会社の良さに気づいたようです。

世の中には様々なバイアスが存在します。「最先端のテクノロジーを扱っているから伸びしろがある」という考え方がそうであるように、「足で稼ぐなんて、昭和っぽくて古いスタイル」と決めつけるのも間違っているのかもしれません。

大切なのは、客観的になって考えることです。仕事をしていれば、厳しく叱責されることもあるでしょう。そんなとき、「こんな会社、もう辞める」なんて安易な考えに走らず、この二つを心に留めてください。

・隣の芝生は、青く見える
・限られた情報だけで判断せず、しっかり下調べをすること。

1人で悩んでいると、どうしても思い込みや先入観にとらわれてしまいかねません。どうぞ頭を冷やしに、キャリア小町にいらしてください。転職が最善の選択なのかどうか、一緒に考えていきましょう。

※「キャリア小町」は架空のサロンですが、実際の相談をもとに事例を紹介しています。

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土屋美乃
土屋美乃(つちや・よしの)
国家資格キャリアコンサルタント、エスキャリア代表取締役

1983年東京・八王子市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、リクルートエージェント(現リクルートキャリア)入社。営業や自社の新卒採用担当として、転職や就職という人の人生の転機に関わる。リーマンショックを機に、転職のみをゴールとせず『自分らしく生きる』ことをテーマとするキャリアコンサルタントとして独立。2011年東日本大震災後に自らの天職を形にすべく、エスキャリアを設立。主にライフイベント期の女性のキャリア支援を行う。

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