好奇心がエネルギーを生み出す ワン・グローカル社長 鎌田由美子さん

成功をもたらしたこの一冊

(東京・新宿の「タカシマヤ タイムズスクエア」で)

駅の構内にたくさんのショップが並ぶ「エキナカ」。今では当たり前になった光景を生み出した鎌田由美子さんは昨年、地域のものづくりを支援するため、起業しました。現在はイギリスの大学院に留学中の鎌田さんが、「食に携わる者として、心にとめておきたい」と言うのが、ポール・ロバーツ著「食の終焉」です。

どのカテゴリーで生きていくか

――JR東日本時代の活躍はよく知られています。50代での起業、思い切りましたね。

30代後半にエキナカを手がけ、42歳でJR東日本の本社の部長になりました。そこで、地域活性化にはまったんです。青森のシードル工房とマルシェの商業施設「A-FACTORY」開業や、越後湯沢駅の改良、地産品ショップ「のもの」などに取り組みました。

その後、人事異動で研究所に移り、まったく異なる性格の仕事に直面したとき、年齢を重ねたときの仕事の存在というものを考えました。同時に、その時親しかった友人が他界し、今は組織にいるけれど、肩書がなくなったときに、どんなことをやりたいのかを再考しました。デベロッパーは楽しかったけど、いくつになっても地域の人や産物とかかわっていきたい、社会とつながり、何かをしていきたいと、迷いがなくなりました。

(東京・新宿高島屋「サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ」で)

――青森ではシードルが産業として育ってきています。

A-FACTORYは新幹線の開業に合わせて、地域貢献と観光コンテンツ両方の視点を持てる開発を考えました。地元の素材を生かして、若い人もやってみたくなるような取り組みを考えたとき、旅行で行った仏ノルマンディーからブルターニュのシードル街道の光景が思い浮かんだんです。

日本では、生食用リンゴに少しでも傷があると価値が大きく下がります。なので、つぶしてジュースにします。手間暇かけて育てて、もったいないですよね。シードルはジュースより高く売れますし、シードルを蒸留し、国産のアップルブランデー(仏ではカルバドス)を作れば、木樽きだるで寝かせる時間が付加価値になり、さらにはロスも出ない。

地元の人は、当初は冷ややかでした。「傷のリンゴを使うなんて、めぐせえ(みっともない)」って。それが、A-FACTORYを見て「シードルって面白い」と、新規参入が増え、町ではシードルマップもできました。種類が増えれば、お客様は比較もできるから楽しくなるし、盛り上がります。地元の人が自慢したくなることが多いのは、観光にとても大事だと思っています。

――地域と一緒に取り組んだ経験が、起業につながっているのでしょうか。

地域を元気にする大きな要素の一つが、雇用の生まれる産業です。一次産業だけだとマネタイズできないから、若い人が地方に残らない。今の時代は、専門的な小ロット生産のニーズが高くなっています。

ただ地方では、思いはあっても、知見が分散しています。スペシャリストの連携が価値を高めるように思います。例えば、販路に困っているといっても、「誰に」がなければ価格設定やポーション、売り方が決まってきません。栽培管理から加工の衛生管理、商品表示、包材などの知識が不足している例も多く見受けられます。農産物や商品を通じて、誰にどんなメッセージを伝えたいかを考えていかなければなりません。それがデザイン的な考え方でもあります。今、農園や農業生産法人の新商品アドバイスや販路開拓、行政のブランディングを引き受けていますが、仲間が増えたら、いずれはものづくりもできればと思っています。

ずしんと心に響く

――「食の終焉」は、いつごろ読んだのですか。

「食の終焉」(ポール・ロバーツ著、ダイヤモンド社) 副題は、グローバル経済がもたらしたもうひとつの危機。アメリカのジャーナリストが、低コスト、大量生産が世界的に広がったことによる負の要素を解き明かす。

JR東時代、研究所で地域産業育成を勉強していた時です。とても重い内容で、ずしんと心に響きました。現在の食のひずみを否定することではなく、多角的な側面から持続不可能とのメッセージを発信しているように思いました。10年近く前の出版ですが、今でも心に刺さります。この本を読んで、昔読んだレイチェル・カーソンの「沈黙の春」や有吉佐和子の「複合汚染」を思い出しました。同時に、自分のこれまでのフィールドだった商業の分野に思いをはせました。

――ほかに最近気に入っている本は。

絵本も大好きなので、ちょっとほっこり系を。「モチモチの木」なんて、今でもお気に入りです。「ルリユールおじさん」(いせひでこ作、講談社)は、手作業で製本をする職人さんと少女の交流が描かれています。絵のタッチも好きですが、古いものを大切にする、それが子供の未来にもつながっているというストーリーが大好きです。感情を解き放してくれます。

デザイン思考をインプット

――起業と同時に留学ということですが、なぜでしょう。

ずっと時間に追われていたので、インプットの時間をとりたいと思ってきました。興味のあった美大で学びたい、日本人に囲まれた環境を離れ、海外で生活してみたいという憧れもありました。

成長ありきのビジネスモデルは通用しなくなってきていて、「成長=幸せ」でもないと多くの人が気づいています。ビジネスも過去の数字の分析では未来を予測できなくなっています。人の感情に働きかける消費のマーケットでは、「デザイン思考」も大切だと思っています。そこで現在、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で、グローバルデザインを学んでいます。

――大学院に行き始めて、どんな刺激がありましたか。

授業のテーマはとにかく抽象的なのですが、論理的な裏付けがないとプレゼンにたどりつけません。例えば、「Gizmo(機械)」という3週間の授業では各自ロボットをつくります。文系理系という概念自体がないのだということを肌で感じました。そして、いろいろな面でダイバーシティーな環境です。クラスメート24人の中に日本人は私だけ。3分の1が両親の国籍が異なるなど、国際色が豊かです。

――働く女性たちにメッセージをお願いします。

ワークライフバランスや働き方改革という言葉の中で、バランスをとろうと悩んでいる方がいますが、アンバランスの方が自然で、いつまでたってもバランスなんてとれないものです。なぜなら、自分の考え通りに環境は整わないから。病気も結婚も出産も介護もそうです。コントロールなんてできませんから、調整やタイミングが合えばラッキーです。仕事もプライベートも、息抜きもしながらその時々で精いっぱいやればいい。

私は好奇心が旺盛なので、これからも仲間といろいろやってみたいと思っています。そして、共感できる人たちとこれからも出会って、楽しく過ごせる時間の中に仕事があればいいなと思っています。

(聞き手・読売新聞メディア局 小坂佳子)

「成功をもたらしたこの一冊」シリーズは、こちらから。

鎌田 由美子(かまだ・ゆみこ)

 ONE・GLOCAL代表取締役

茨城県出身。1989年JR東日本入社。2001年エキナカビジネスを手がけ、05年『ecute』を運営するJR東日本ステーションリテイリング代表取締役社長に就任。その後、本社事業創造本部で地域再発見PTを立ち上げ、地産品の販路拡大や農産品の加工に取り組む。15年カルビー上級執行役員。19年、魅力ある素材の発掘や加工を通じ、地域デザインの視点から地元と共創した事業に取り組むべく、ONE・GLOCALをスタート。社外取締役や国、行政、NHKの各種委員、茨城大使、元気青森応援隊、筑西ふるさと大使など地域にも深く関わる。