「男役」と対になる名称は「女役」です。ただ、タカラヅカでは、主に若手について、「娘役」という言い方もよくします。
男性を補佐する女性像
男役と同様、娘役もまた、舞台を離れても「娘役」を演じているように見えます。長い髪をきれいに結い、髪飾りをつけ、服はレースや花柄などフェミニンな雰囲気で、もちろんスカートが必須です。インタビューなどでは、「男役さんのリードで……」「男役さんに付いていく」といった表現が多用され、常に男役が主、娘役は従という位置づけを保っています。
私のイメージの中で、「タカラヅカの娘役さん」に近いのは、一時代前の「大手商社・金融業界の一般職女性」です。基幹業務を担当するのはすべて男性で、女性はその補佐をし、結婚退職を当然としていた高度成長期。そして、男女で職種を分けてしまうのはちょっとまずいかも、というムードが広がった1980年代あたりには、総合職・一般職というコース別雇用管理が広がり、実質的には総合職=男性、一般職=女性という区別は変わらず。良い学校を出て、優秀な(もしくはそれほど優秀でもない)男性をしっかり支え、その仕事に習熟したところで、きっぱりやめるのが女の花道だった時代は、けっこう長かったのです。
そうした女性たちの選択を否定する意図はまったくありません。だってそれは、「タカラヅカの娘役さん」と同様、一定の約束事や文化がある世界で、知恵と技術を蓄えて、自分の役柄を適切に演じてきたということですから。力のある一般職女性が寿退社をしていくのを見ると、「もったいない」と確かに思いました。一方で、彼女たちにはそれなりの考えや戦略があったことも理解できました。
「女の花道」も多様に
ただ、中には、タカラヅカの娘役に重ねた表現をすれば、「もっといろいろな役柄を演じたいよね」「女役が舞台の中心でもいいじゃないですか」と思っていた人もいたはず。そして、こういう漠然とした思いが堆積したところに、外圧内圧が加わると、ものごとは変わり始めます。まだ問題は少なくないものの、基本的に女性の選択肢は広がりました。女性が基幹業務を担当するのは珍しいことではなく、子育て支援やセクハラ対策など、一昔前はいちいち驚かれていたことが、職場の常識、社会の常識になりました。ダイバーシティー=多様性という言葉がこれほど日本社会に流布するとは思ってもみませんでした。
世の中が大きく変化してきた一方で、タカラヅカはどうなったか。昔ながらの男女のありようを描く様式美こそがタカラヅカの真骨頂だという見方もあります。ただ、娘役像は少しずつ変わってきたと私は思います。トップ娘役が、強い女、意志的な女を演じる例も多くなりましたし、「エリザベート」のように、主演とは銘打っていないものの、娘役が中心となって展開する作品も人気を得ています。大劇場の本公演ではありませんが、昨年にはトップ娘役が単独主演を務めた公演もありました。
現実の世界でもタカラヅカでも、ものごとはゆっくり変わるように見えます。気づくと変化が加速していることもあります。「女の花道」は多様になりました。あ、いけない、タカラヅカの場合は花道ではなく、舞台の前面に張り出した「銀橋」を歩くのでした。私には私の、あなたにはあなたの「女の銀橋」が、きっとあるはずです。
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