会社で大切なことは(だいたい)タカラヅカが教えてくれた

タカラヅカが教えてくれたこと(1)

 新紙幣が発表されました。使われる肖像画は、1万円札渋沢栄一、5千円札津田梅子、千円札北里柴三郎。
 早朝の報道を目にして、「ああ、またかよ」と、怒りとも諦念ともつかない感情が湧いてきました。個々の人選についてではありません。 
① とりあえず女はいれておくか
② 三枠あるのだから女は一枠
③ でも当然、一番上位(1万円札)は男

 結局そういうこと? 女性の登用は必要なご時世だが、数や地位において男を凌駕するのは「不自然」とみる日本の多くの組織と、そこにいる人たちの本音を映し出しているように思えました。「そりゃ考え過ぎだろ」などと言われると、またそれが怒りのタネになる。典型的な日本企業で働き、まだまだ変わらない日本社会のあれこれと格闘していると、常に慢性的にふつふつと、もしくはじくじくと、力なく怒り続けるばかりなのです。

ステレオタイプなのに楽しめるのはなぜ

 その私が、タカラヅカには怒らない。トップスターは常に男(役)であり、相手役の女(役)はつねに5千円札の位置をキープしていても。トップコンビにおいて、女役は相対的に若く小柄で、男役にリードされ、時に「嫁」とも呼ばれ、男役トップの退団時には殉じるように辞めるのを美しいとみる風潮があったとしても。

 現実社会だったら一発アウトの、ステレオタイプな男性像、女性像がタカラヅカには生きています。その様式や約束事が、むしろ楽しめてしまうのはなぜなのだろう。時に首を傾げつつ、熱狂的なファンではないものの、長年タカラヅカを見続けてきて、気づいたらちょっと腐れ縁の、でも大切な友人であるかのような気持ちになっていました。

 そして、タカラヅカは、集団で卓越した技術を磨き、スターを作り上げる独特のシステムを持っている組織でもあります。仕事のかたわら時々劇場に足を運ぶうちに、タカラヅカがジェンダーだけでなく、組織と人のありようについても同じように多くを考えさせてくれることに気づきました。

 タカラヅカを見始めて50年、日本企業で働いて30年、うんざりする現実社会からの逃げ場として、夢の世界タカラヅカに浸っているつもりでありながら、実は日々を生き抜く知恵を私は得ていたのではないか。文章にまとめることで、それをちょっと整理したいなあとつらつら思っていたときに、「大手小町」にこうした場をいただけることになりました。心より感謝申し上げます。

日本の組織を考えるヒントに

 ここでいうタカラヅカはもちろん、兵庫県宝塚市に本拠地を置く演者が女性だけの宝塚歌劇団とその作品世界や文化全般を指していますが、この文章は宝塚歌劇について論じることがねらいではありません。あくまで、筆者が観客としてファンとして感じ取ったことが、日本の組織や社会について考えるヒントになれば、という趣旨です。歴史や仕組みなどに触れるときは可能な限り正確さを期しますが、全体として主観的な見方や記憶に基づく記述が中心であることをご了解ください。

 とはいえ、盟友タカラヅカの魅力を、もっと多くの人に知ってほしいというのも、また正直な気持ち。多少の解説も交えますので、ひとひねりした観劇ガイドとして読んでいただいてもうれしいです。次回はまず、男性たちを劇場にお誘いしてみたいと思います。

太田姫いのり(おおたひめ・いのり)
タカラヅカ愛好家

 東京都出身。タカラヅカの初見は、(たぶん)1968年新宿コマ劇場雪組公演。その後、今はない松竹歌劇団のレビューにもはまり、伝統芸能から小劇場までさまざまな舞台を見てきた。情報通信業のそこそこ大手で働き続け、現在は上位幹部職員。