人、モノ、金を地域内で循環させる トラストバンク 須永珠代さん

成功をもたらしたこの一冊

 ふるさと納税のポータルサイト「ふるさとチョイス」を運営する株式会社トラストバンクは、ICT(情報通信技術)を通じて地域とシニアを元気にすることをミッションに掲げています。代表取締役の須永珠代さんは、「私の考えがわかりやすくコンパクトにまとまっている」と、セミナーなどで出会った人に岩波新書の「地元経済を創りなおす」(枝廣淳子著)を薦めているそうです。

失敗しても失うものはない

――ふるさとチョイスは1788自治体、20万点を超える返礼品が掲載されています。起業した経緯を教えてください。

 東日本大震災から1年後の2012年4月に起業しました。そのころ、被災地は「もともと衰退していた地域で、衰退が早まった」と言われていました。私自身、地方出身で、帰省するたびに商店街が寂れていくのを目の当たりにしていましたから、どうしたら地域が元気になるのかを考えました。

 地方は、人、モノ、金、情報が循環していない。それならば、循環するようにすればいいと思ったんです。私はICTしかわからないので、ICTを活用して取り組もうと。

――起業の際に、ふるさと納税に目をつけたのはなぜですか。

 Eコマース、旅行や移住など、事業のネタはいろいろありました。資本金はわずか50万円。それで始められることを模索していました。ふるさと納税は08年に始まっていたので、言葉は知っていたし、税金の控除や返礼品があって、さらに地域に感謝される、とてもいい制度だと思いました。けれど事業化するとなると簡単ではなく、大手企業は入ってこないだろうと考え、「ニッチトップ」を目指したんです。失敗しても最悪50万円がなくなるだけ(笑)。いい経験にこそなっても、失敗にはならないでしょう?

 枝廣淳子著「地元経済を創りなおす-分析・診断・対策」。人口減少や駅前のシャッター通りなど地方の現状を見つめ、悪循環を断ち切るすべを論じている。

――この本を読んだきっかけは。
 
 人に勧められて。それまで自分の事業についていろいろ考えていましたが、体系的に説明できていなかったように思います。この本を読んで、「まさにこういうこと!」と思いましたね。私の考えを言語化、体系化してくれていると。

オフィスには日本各地のふるさと納税の返礼品がある。羊のメモスタンドは岩手県北上市のもの

 例えば、「漏れバケツ」理論。バケツにたくさんの水を注いでも、穴がたくさん開いていては水が漏れ出てしまう。バケツを地域に置き換えると、ふるさと納税でお金を外からたくさん注いでも、気付かないうちに地域の外に出ていってしまっている。お金が地域内で循環するように、できるだけ漏れ出ないようにする。注ぐお金を意味のあるものにしていく必要があるのです。

 お金が地域内で循環する方法を考え、地域通貨の事業やパブリテック(テクノロジーを通じて社会の課題を解決すること)事業、電力の地産地消などにも取り組んでいます。

「もうけよう」は禁句

――会社が急成長しましたね。
 
 最初の2年は1人でやっていました。2年前までスタッフが30数人で、今は180人ぐらい。ほとんどが中途採用で、企業の戦略が異なるところから来るわけですから、共通認識を持ってもらえるよう努力しています。

 売り上げが上がれば上がるほどいい、という考えを持っている人がいるのですが、それは違うんです。売り上げはもちろん大切ですが、それが一番ではない。会社としての優先順位をわかってもらうのに、1年くらいかけてきました。「もうけようぜ」は禁句なんです。

 どんな会社にしたいか、とよく聞かれます。でも、会社はどんな姿でもいいのです。大きくしたいというのではない。ミッション、ビジョンを大切にするのに、必要な組織がそこにあればいい。

――事業が拡大し、成果を体感したのでは?

 事業を通じて、たくさんの良い変化を目の当たりにしてきました。ふるさと納税の返礼品を出すようになった農家が、いろんなノウハウをためて、(農業など1次産業が、加工から流通、販売までを手がける)6次産業化して海外進出したケースをいくつも見ました。自治体職員のICT化もずいぶん進みました。写真の送付をお願いして、「ファクスで送ればいいですか」と言われたこともあったんですよ(笑)。自治体職員のやる気も出てきましたしね。日々、選択の連続で、そのときに、必ず地域が持続可能な方に向かっているかを考えるようにしています。

転職と読書で蓄えた力

――起業までは、どんなキャリアだったのですか。

 20代のころは不安の塊でした。将来への不安です。就職氷河期で、バイトや派遣を転々としていました。営業、経理、コールセンター、金融、結婚相談所……。ふらふらして何をやっても続かない、キャリアが積めない。でも今なら、全部、今のためにあったのかなと、思えます。全ての経験が役に立っていますから。

 2008年のリーマンショックの後は、1年間、無職になってしまいました。それまで年収300万円くらいでしたが、無職の年は前年の税金も払えず、飲みにも行けず。生きていくのに必死で、不安に思う時間すらなかったですね。

 でも、本を読まなきゃと思って、ビジネス書を読みあさりました。本を読んだら大成するっぽい、と思っていて(笑)。30歳のとき、30代で起業すると自分に宣言していたので、38歳で仕事の節目がきて、起業をしたのです。

――20代、30代にメッセージとして伝えたいことは。

 中途半端はだめ。とことんやる。いろいろ悩むと思うけれど。特に女性はライフイベントもあるし。私もずっと悩んでいたけれど、悩んでいても何も起きないでしょ? 行動しないと。悩んでいるだけじゃ、そこに幸せはない。仕事、趣味、婚活――何でもいいけど、あれもこれもではなくて、何かに集中して取り組むことが大切だと思います。

大切なのは信頼

――最近読んで面白かった本に、「新しい時代のお金の教科書」を挙げました。

 著者の山口揚平さんを、地域通貨の勉強会の講師にお呼びしたときに読みました。目からウロコ。こういう未来が来るだろうなというのをわかりやすく説明してくれています。

新書の横にあるのは、茨城県鹿沼市のコースター

 「新しい時代のお金の教科書」(山口揚平著、ちくまプリマ-新書)。M&Aなどの事業家であり思想家の著者が、お金の価値の変化などについて解説する。

 この本は、お金の教科書です。今の時代は、想像もつかないくらいめちゃくちゃ金持ちの人がいますよね。この仕事を始めて農業や漁業など1次産業の人に会うことが増えて、私たちの命を支えてくれている人たちの収入は、それにしても少ないのではないかと思います。本当の価値はどこにあるだろうと、立ち戻らせてくれる本ですね。

 モノからコトへと価値が移り、時間や信頼に価値を見いだす時代。その人が信頼するものに価値がある。トラストバンクという社名は「信頼をためる」という意味です。自分の会社の基本的な考えにも通じる本だと思いました。

――3月11日は、東日本大震災のあった日です。昨年は災害の多い年でもありました。ふるさとチョイスでは、復興の支援もされていますね。

 ふるさと納税を活用した災害支援は2014年から始まり、熊本地震(2016年)のときに「代理寄附」という取り組みが始まりました。そのときは40以上の自治体が代理寄付を受け付けて総額19億円が集まりました。驚いたのは、被災自治体の代わりに他の自治体が寄付金を受け付ける「代理寄附」を表明したら、電話が鳴りやまないほど自治体から申し出があったんです。「あのときお世話になったから」などとおっしゃるのを聞いて、自治体職員の交流などリアルなつながりを大事にしていたこともよかったのかなと思いました。ふるさと納税は自治体間の競争だけでなく、「共創」なんだと実感した経験でした。
 (聞き手・メディア局編集部 小坂佳子)

須永 珠代(すなが・たまよ)

 株式会社トラストバンク代表取締役

 1973年生まれ、群馬県伊勢崎市(旧佐波郡東村)出身。2000年から一貫してウェブ業界に携わり、前職ではウェブコンサルタントとして、ウェブ上のショッピングサイトの 売上を伸ばすためのコンサルティングを、大手企業を中心に提供 。ECサイトの戦略、戦術立案から構築まで、計100以上のサイトの立ち上げを経験した。2012年4月にトラストバンクを設立。 同年9月、ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」を立ち上げた。著書に「1000億円のブームを生んだ 考えぬく力」(日経BP社)。