ミニマムな暮らしを マザーハウス 山口絵理子さん

成功をもたらしたこの一冊

 途上国から世界に通用するブランドをつくる。この理念のもと、2006年に誕生した服飾ブランド「マザーハウス」。社長の山口絵理子さんは、1年の半分をバングラデシュやネパールなどの途上国で過ごしています。H.D.ソロー著「森の生活」を読むと、「私たちの暮らしに大切なものは何か」を考えさせられるそうです。

――マザーハウスは、革やジュートのバッグから始まって、最近はジュエリーや洋服も製造、販売されていますね。

 バングラデシュやネパールなど5か国に自社工場、提携工房があります。私はデザイナーでもあるので、製造現場の国々で過ごす時間が多いですね。お店は日本国内に30店舗、海外では台湾、香港に計7店舗を展開しています。

必要最小限の暮らし

――「森の生活」との出会いは?

 10年ほど前でしょうか。バングラデシュでの製品作りのため植物について調べていて、書店で植物関連の本を探していたときにたまたま手にとりました。知りたかったこととは全く違うことが書いてあったのですけど(笑)。

 H.D.ソロー著「森の生活」(上下巻、岩波文庫) 米国の思想家、ソロー(1817~62年)の代表作。ウォールデン湖畔での自給自足の生活をもとにした、森の四季や動植物の生態、思索などがつづられている。

――読んでどんなことを感じましたか。

 「生活するのに必要な最小限のものさえあればいい」という考え方に、シンクロしました。
 日本は、まだ使えるのに使いきれないでいる物があふれています。余計なものがあるから、かえって窮屈になってはいないでしょうか。決して居心地がいいとは思えないんです。私が途上国で生活する理由は何だろうって考えると、そういう不要なものがそぎ落とされているからじゃないかなって。

 強く主張するような筆致ではないので、さらりと読んだ後に、現代の生活で忘れかけていた大事なことは何だろう、と考えさせられましたね。

よそ者の起こす化学反応

――途上国での暮らしの方が自分にあっている?

 22歳から24歳の多感な時期を、バングラデシュで過ごしました。すでに人生の半分以上は途上国にいるので、どっちにいるときが自分らしいかといえば、バングラデシュで暮らす方があっているかもしれませんね。

 「ここに育ててもらった」という気持ちがありますし。ベンガル人以上に、バングラデシュにあるものを最大化したくなります。彼らにとってはあまり重要でないものを、日本人の私が最大化しようとすると何を生むことができるか。彼らと、よそ者の私とで、いい化学反応があればいいな、と。

――それだけ深く関わっていても、よそ者なのですか。

 昔は受け入れてほしくて、サリーを着たり断食をしたり、いろいろやって体調を崩したこともありました。
よそ者とはいっても、「日本人」という看板は大きかったですね。バングラデシュやネパールでは、ODAなどの国際援助の恩恵にあずかっていたこともあって、日本人に対する信頼は絶大でしたから。

 今は、よそ者だからこその価値を探したいと思っています。日本の技術や顧客のリクエストなど、日本とのキャッチボールができるようにするのが自分の役目なのかな、と思っています。

自分探しを作品に昇華する

――芸術家、イサム・ノグチの本を持ってきてくださいました。デザイナーとして、影響を受けているのでしょうか。

 「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ ―彫刻から身体・庭へ-」 展覧会の公式カタログ。監修は、新見隆(大分県立美術館館長)

 オブジェや明かりなど、彼のデザインが好きですね。札幌の公園など、あちこち作品を見に足を運んでいます。イサム・ノグチは、人生自体が作品といえますよね。アイデンティティーを模索しながら、そのエネルギーを作品に昇華させていった。そういうところが興味深いです。

 それに、クリエーターとして、創作への姿勢に共感します。「子供たちに発見してもらいたい」と、公園に作品を置くなど、社会の役に立てることに導いていくところとか。

 デザイン画を描かず、素材をいじりながら、素材の息吹を感じながら作っていく。そういう創作の過程は、私も似ていますね。ジュエリーを作るとき、石をさわって、「石が柔らかかったらどうなるかな」とか「石に命があったらどうだろう」とか、想像しながら形作っていきます。

立ち止まって考える

――仕事をしていく上で、大切にしていることは何ですか。

 理念を体現するのは難しいな、と思っています。何がゴールなんだろう、と思うこともあります。工場を広げ、販売店を増やすことも重要なのですが、現地に根ざして雇用形態まで変えていくような、深く根付くことが大事だと思っています。下請けとして物を作るのではなく、自分たちが付加価値のあるものを作っているという意識を持ってもらえるようにしていきたい。だから、現地で働く人と一緒に働きながら、作り手側に立ったベストを考える。それがほかのブランドとは違うところだと思っています。

――20代のころと30代では何か変わりましたか。

 20代は強かったですよね。何も知らないから。怖い物知らずで。「突破する以外に選択肢はないでしょ」「立ち止まって考えている暇なんてない」と思っていました。向かうところ敵だらけだし、進めば岩があるから、一回一回壊していかないといけない。そんな感じでしたね。事業を立ち上げたときは、いろんな人から批判もたくさんいただきましたから、強気でいないといられなかったんでしょうね。

 30代になって、立ち止まって考えられるようになりました。やりたいことは短距離走ではないですからね。プロセスを分析してみようとか、自分の立ち位置はどこだろうとか。それまでは全部自分でやろうと思っていたけれど、そうはいきませんから、自分ができることとできないことを見つめ、自分の役割を確認しました。

どこにいても戦える自分でいたい

――これからの夢は何ですか。

 事業を始めたときの夢がリアルになってきました。台湾、香港に加えて、今年はシンガポールへの進出が決まっています。世界でやっていこうという目標を掲げていますが、まだアジアの中でしかできていないので、ニューヨークやパリでも試してみたいですね。そういうところでの反応を見てみたい。個人としては、自分の体験をもとにした本を何冊か出したいと思っています。

――女性の働き方について、アドバイスを。

 私自身は、「こういう働き方がいい」というようには決めていません。「今年はこう働こうかな」という感じで、短いスパンで考えています。変化の速い時代ですから、来年、自分がどこで働くかもわからない。だから、半年とか短い期間で考えて、柔軟な対応ができた方がいい。来年どの国にいても戦える自分でいたいですよね。

(聞き手・メディア局編集部 小坂佳子)

山口 絵理子(やまぐち・えりこ)

 株式会社マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナー

 1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。米国ワシントンの国際機関でのインターンを経てバングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程に留学。2年間の滞在中、日本大手商社のダッカ事務所に研修生として勤めながら夜間の大学院に通う。帰国後、マザーハウスを設立。Young Global Leader (YGL) 2008選出。ハーバードビジネススクールクラブ・オブ・ジャパン アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2012受賞。

 大手小町は3月8日の国際女性デーに向けて、2019年1月から働く女性を応援するキャンペーン「#for your smile」に取り組んでいます。「成功のためのこの一冊」も関連の企画記事です。