ゼロから作り出す楽しさ ポーラ・オルビスHD 末延則子さん

成功をもたらしたこの一冊

 化粧品業界に新たな市場を生み出すほどの大ヒット商品となった、業界初のシワを改善する美容液「リンクルショット メディカル セラム」。ポーラ・オルビスホールディングス執行役員の末延則子さんは、プロジェクトのリーダーとして15年にわたり研究開発に取り組んできました。子育てをしながらの研究生活の中で、医学者・岡本歌子さん(1918―2016年)の随筆「ある女性科学者の一世紀」を読んで、心を打たれたそうです。

 「ある女性科学者の一世紀」には、研究についてだけでなく、自宅で学童保育を始めたときのことなど、働く母としての思いもつづられています。ドメス出版から2008年に出版されました。

子育ても研究も楽しみながら

――岡本先生が教鞭きょうべんをとっていた神戸学院大学で学んでいたのですね。

 学生時代に大学でお見かけしたことはありました。有名な先生だと知ってはいましたが、その理由まではわかっていませんでした。それが、ポーラグループに入って美白の研究をしていたときに、美白素材としても知られるトラネキサム酸の開発者と知り、この本を読みました。子育てをしながら、夫婦で研究に邁進まいしんする様子に心を打たれました。
 ちょうど自分も子どもに手のかかる時期でしたから、岡本先生が仲間を集めて学童保育を作ったことには驚きました。半世紀前にゼロから何でも自分で始めていて、すごいじゃないですか。しかも苦労したというふうではなく、楽しんでやっているように思えるから、敬服します。

――ほかにどんなところが印象に残っていますか。

 ご夫婦で一緒に研究をされていて、同じ目標に向かって人生を歩んでいることにも、感銘を受けました。同じ目標を持てる仲間がいることは、すばらしいことです。そして、開発したものが様々な用途に使われていく、積極的に新たな用途を見つけ出していく点でも、私もそうありたいと思いました。
 そして、2018年12月に、市場で約10年ぶりとなる新しい美白有効成分の医薬部外品の承認を得たこともあって、よりいっそうご縁を感じるようになりました。

研究成果が人の生活、心を変える

――リンクルショットは、研究開発に7年、医薬部外品として厚生労働省の承認を得るまでに8年の歳月を要しました。それが2017年1月に発売されると、1年で約130億円(約94万本)を売り上げる大ヒット商品になりました。この成功をどう受け止めていますか。

 リンクルショットからいろんな縁をもらいました。「肌の調子がよくなった」「お出かけが楽しくなった」など、講演会で様々な声をかけていただきましたし、お手紙ももらいました。中には「心が軽くなった」という方もいました。研究はともすれば無機的なものかもしれないけれど、人の生活や心を変えていくことができる。だから面白い。ただの白い粉が化粧品になって世に出て、ひとつの製品としてこのように多くの人の共感を呼ぶものなのだと、体感しました。

 社内でも多くの縁が生まれました。製造ラインを24時間稼働させたとき、販売に携わる人が工場に応援のメッセージを伝えました。モノの先に人がいるということ、多くの人が関わって製品が完成することを、目に見える形にしてくれた商品だと思います。

次の一手を試さずにはいられない

――くじけそうになったことはありませんでしたか。

 危機はありました。でも、次の手、その次の手と考えが浮かんできて、試さずにはいられませんでした。だから、「窮地に追い込まれた」というような感覚はなかったですね。

 開発を通じてメンバーも成長していきました。成功した暁には、どんな世界が見えるのかを語るようにしていました。「研究者として論文を出せる」「学会で発表できる」など、互いの可能性を語り合ってモチベーションを維持していたように思います。何より、後ろを振り返れば、自分たちがここまで進んでいるということを実感できたんです。だから前に進もうと思えたのでしょうね。

ゼロが1になる体験

――ヒットによって何か変わりましたか。

 私たちは、15年かけてゼロが1になる体験をしました。その結果、誰だって新しい研究テーマに挑戦できるということを知りました。多くの研究員から、研究が楽しいという声が聞かれるようになったのがうれしいですね。
 私自身について言えば、今までは、「やりたい!」と言う方だったのが、今度はその思いを受け止める側になりました。胆力を問われる立場になったんだな、と。

――後輩たちにはどんなことを伝えていますか。

 時代はイノベーションを求めています。イノベーションと聞くと、とても難しいことに思えます。経済学者のシュンペーターは、何かと何かを結びつけて新しいものを生み出すことだと言っています。それなら、ちょっとできそうな気持ちになりますよね。

 自由な発想のもと新しい概念や変革を生み出し実践することを目的に、2015年より研究所内に「イノべるーむ」を設けています。くつろいだ雰囲気の中で、研究者同士が自由に意見交換できたら、と思っています。

 若い人たちには、新しいことに物おじせず、一歩踏み出す勇気をもってほしい。やりたいことがあったら、その気持ちを具現化してほしいですね。イノベーションを起こすのに男女差も国境も関係ありません。思考の広がりはどこまでも自由ですから、「私はここまで」と、線を引かないでほしいですね。

笑いは潤滑油

――嘉門達夫(現・嘉門タツオ)さんの本を持ってきてくださいました。どういうきっかけで読んだのですか。

 嘉門達夫著「た・か・く・ら」。がんを患う友人との友情が、大阪万博の思い出と共に描かれています。2007年の出版で、現在は絶版となっています。

 お笑いが好きで、嘉門達夫さんも大好きなんです。私はいつも太陽の塔とともにありましたから。3歳の頃に大阪万博があって、大阪大学の大学院時代は会議室の窓から太陽の塔が見えて。ふと思いだしては読み返していましたが、大阪の街の雰囲気がとてもよく伝わって、結末にほろっとします。
 
――お笑い好きなんですね。

 子供の頃は土曜日に学校から急いで家に帰って、新喜劇を見て笑い転げていました。でも、劇場には行かず、テレビで見るので十分でした。だって、「これだけ面白いのだから、新喜劇を見に行ったら、笑い死にしてしまう」と、本気で思ってましたから。
 
 笑いは大切にしています。人との会話の潤滑油にもなりますし、つらいときに「ぷっ」と笑えると元気になるでしょ? だから、なるべく笑っていたいですね。

未来は変えられる

――若い世代へのメッセージをお願いします。

 未来はわからない。今、人からおかしいとか変だとか思われるようなことも、将来は当たり前になるかもしれない。誰にも予測できないんです。

 電子メールのない時代に入社しましたが、今ではメールがなくては暮らせません。会社でメールアドレスが割り当てられるとき、まさかこんなに使うことになるとは思わず、適当につけてしまって。アドレスを見るたび、未来は予測不能だと思い知らされます(笑)。

 未来は変えられる。だから自分のやりたいこと、正しいと思うことを貫いてほしいですね。

(聞き手・メディア局編集部 小坂佳子)

末延 則子(すえのぶ・のりこ)

 ポーラ・オルビスホールディングス執行役員(グループ研究・知財薬事センター担当)マルチプルインテリジェンスリサーチセンター所長、ポーラ化成工業取締役執行役員(研究・企画担当)フロンティアリサーチセンター所長。

 1966年、神戸市出身。神戸学院大学薬学部卒、大阪大学大学院薬学研究科博士前期課程修了。91年にポーラ化成工業に入社、2002年から抗シワ医薬部外品の開発研究をスタート。09年に皮膚薬剤研究部長、13年に研究企画部長、15年にポーラ化成工業執行役員。18年から現職。中学・高校時代を過ごした兵庫県姫路市の「姫路ふるさと大使」も務める。

 大手小町は3月8日の国際女性デーに向けて、2019年1月から働く女性を応援するキャンペーン「#for your smile」に取り組んでいます。「成功のためのこの一冊」も関連の企画記事です。2月23日にはシンポジウムも開催します。