車いすラグビー日本代表 男性選手と戦う強さのヒミツ 商船三井・倉橋香衣

働く女のランチ図鑑

 2020年の東京パラリンピックでメダル獲得が期待されている競技の一つが、ウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)です。車いすに乗った選手たちがトライラインまでボールを運んで得点を競うスポーツで、男女混合でプレーします。昨年8月に行われた世界選手権では、日本代表チームが初優勝を果たしました。その日本代表で唯一の女性メンバーなのが、海運大手「商船三井」の人事部で働く倉橋香衣かえさん(28)です。競技の激しさから「殺人ボール」との別名もあるウィルチェアーラグビーで活躍する倉橋さんを訪ねました。

 車いすをなめらかに操作し、本社ビルの正面玄関まで記者を迎えに来てくれた倉橋さん。週5日のうち、1日は埼玉県越谷市にある自宅から東京・虎ノ門の商船三井本社に車で出社、1日は在宅で仕事をこなし、残り3日は、筋肉トレーニングやウィルチェアーラグビーの練習に時間を充てています。

握力がないため、自助具でペンを手に固定してキーボードを打ちます

 倉橋さんは大学3年生の時、トランポリンの練習中に頭から落下し、頸髄けいずいを損傷しました。現在、鎖骨から下は感覚がほぼなく、動かせるのは肩と腕の一部です。自助具を使ってパソコンを操作し、部署内の伝票処理やアンケート結果のまとめなどの事務処理をしています。

 入社したのは3年前。障害者スポーツのアスリート雇用枠でした。「採用されたのはラグビーを始めたばかりで、まだ結果が出ていない時。競技への理解と応援をしてもらい、この会社で働けて本当によかったです」と話します。

社食ランチは「栄養摂取」

 週1日の出社は「ちょっぴり真面目モード」と話す倉橋さん。ランチは同僚や上司と一緒に社員食堂で取ります。

社員食堂のランチ。日替わりメニューにサラダバーとスープ、ご飯がつきます

 この日は、日替わりメニューのビーフシチュー(500円)を選択。スープにサラダバーが付きます。「体が自由に動かせないので、電子レンジで温める調理だと、レンジに食べ物を出し入れするだけで何十分もかかる。面倒なので、ついつい簡単なもので済ませてしまいます」と倉橋さん。それだけに、社食のランチは大切な「栄養摂取」の機会なのだそう。

 練習のある日のランチ

 練習のある時は、ヘルパーさんが作ってくれたおにぎりとチーズ、豆乳ジュースという組み合わせが多いといいます。ただ、激しく運動するため、リハビリ担当の医師から「もう少しちゃんと食べるように」と指導を受けました。「体重が減ってしまったので、もっと食べないといけないんです。あんまり軽いと吹っ飛ばされてしまうので」と倉橋さんは苦笑します。

なんで泣かなきゃいけないの?

 神戸市出身。小学校の頃に体操を始め、大学に進学してからは、トランポリン競技に打ち込みました。「女子大生っぽくラクロスでもと考えていたんですけどね」と笑う倉橋さん。練習で首を骨折した時は、「『やってもた~』という感じでした」と当時を振り返ります。

 「病院の看護師さんから『泣いてもいいんだよ』と言われたけれど、『なんで泣かなきゃいけないんだろう』って思っていました。病院が大学の近くだったので、たくさん友達も来てくれたし、みんな助けてくれたので、そんなに落ち込まなかったんです」

できることが増えていく

 病院を退院してからは、自立生活訓練センターに入り、一人暮らしの練習や車の運転、パソコンの操作など様々なことを習いました。「最初は体を動かせたとか、歯磨きができたとか、できることが一つ一つ増えていくのが楽しかった」。落ち込まずに前を向けたのは、「けがしたことを後悔しないためには、自分が動けばいい」と思ったからだといいます。

 「それに、『何とかなる』って思っていましたから。母からも『あんた見とったら、なんとかなると思えてくる』と言われました」。訓練センターを出て、一人暮らしができるようになったのは、周囲の助けもあったから。「学生の時の友人や、今はラグビーつながりの友人。出会う人、出会う人に助けられています」

割り箸の先にカードリーダーをつけてタッチ

ウィルチェアーラグビーとの出会い

 倉橋さんがいた訓練施設では、卓球、水泳、陸上競技など様々なスポーツが体験できました。その中で強く心をひかれたのが、ウィルチェアーラグビーでした。車いす同士の激しいぶつかり合いに興味を持ち、試しにやらせてもらいましたが、なかなかうまくできません。「チームスポーツはやったことないし、どう動くのかわからなくて。悔しくて、もっと知りたいと思って、どんどんのめりこんでいきました」

「0.5の役割」

 ウィルチェアーラグビーは四肢にまひのある、重い障害がある人たちで行う車いすのラグビーです。選手には障害の重さによって0.5~3.5点まで7段階の持ち点が付けられていて、障害が重いほど持ち点が低くなります。倉橋さんの持ち点は最少の0.5点。1チームは最大12人で編成され、コートに出られるのは4人で、4人の合計点を8点以内におさめなければいけません。女子選手1人につき0.5点プラスすることが許されるため、女子選手が1人含まれると、持ち点の上限は8.5点になります。

Photo : Kinzo TAKABA

 「ボールを持って動く味方選手を相手からガードしたり、相手の壁になって味方がパスするスペースを作ったりします。それが0.5の選手の役割」と倉橋さんは説明します。「自分がうまくできて、チームの役に立てるのがうれしくて。それに、男女の区別なく戦えるところもいいですね」と笑顔で話す倉橋さん。車いすに指を挟まれたり、転倒したりとケガは尽きませんが、「怖さは全然ないんです。大きい人とぶつかったら、どのくらい吹っ飛んじゃうんだろうって想像すると楽しいんですよ」

男性選手と同じように

 来年に控える東京パラリンピックを目指して日々、練習に打ち込む倉橋さん。相手選手の横にぴったりくっついてガードするためには、「数センチ、数ミリ単位で正確に動けないといけない」と、日頃から車いすを操作する時には意識を集中させています。

 「まずはパラリンピックの代表メンバーに選ばれたい。私は障害が重いので持ち点が低いし、女性がいれば持ち点の上限が加点されるので有利になる。でも、それだけじゃ意味がない。男性選手と同等に戦えないと。チームに貢献できる選手になりたいです」と言葉に力を込めます。

いつも笑顔で

 インタビューの最初から最後まで、ずっと笑顔と笑い声が絶えなかった倉橋さん。理由を聞いても、「一人の時は愚痴だらけだから」なのだそう。「同じラグビー仲間を見ていても、障害の具合がちょっと違うだけで、できることが全然違う。比べるわけじゃないけど、もうちょっと状態が良ければ日常生活ももう少し楽になるのに、と考えてしまう。でもこの状態だからこそラグビーができる。だから『まあいいや』って思っちゃうんです」

(取材・文/山口千尋、写真/金井尭子)

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 生き生きと働く女性をクローズアップする「働く女のランチ図鑑」。職場での仕事ぶりや気になるランチの様子をお届けします。

金井 尭子(かない・たかこ)
フォトグラファー

 ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ舞台芸術学部卒業。 帰国後は都内の撮影スタジオに勤務し、2011年独立。得意分野は人物ポートレイト。 バンコク発のファッションブランドに夢中で年2回は必ず訪泰。 現在はフリーランスフォトグラファーとして東京をベースに活動している。ホームページ