剣道女子の西山温子弁護士が剣道の試合になぞらえて3本勝負で法律の知識を伝授。今回は、結婚によって生じる夫婦間の義務について考えてみます。
夫の不倫発覚、別居を申し出たら?
A子さん(31歳)と、会社員の夫(33歳)は結婚4年目。夫が職場で不倫をしていることが発覚しました。夫は女性と別れることを誓ったものの、納得のいかないA子さんは「別居してしばらく距離を置きたい、生活費は今までもらっていた額の半分を支払って」と提案。ところが、夫はA子さんにこう言い放ちました。「夫婦は同居する義務がある。出て行っても連れ戻してやる! お前が勝手に出て行くのなら生活費は渡さない」。はたして、夫の言い分は正しいのでしょうか。
壱本目! 民法では夫婦の「同居義務」が定められている
A子さんの夫が言う通り、民法752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」として、同居の義務を定めています。それでは、もしもA子さんが家を出てしまったら、「同居義務違反」で夫に無理やり連れ戻されてしまうのでしょうか。違反によって、何らかの罪に問われるのでしょうか?
判例(裁判例)では、同居義務は強制履行させることには馴染まないとされており、強制執行、つまりA子さんを強制的に家に連れ戻すことは認められていません。同居は確かに義務ではあるけれど、無理強いできるものではない、ということです。
A子さんの夫が唯一できるのは、家庭裁判所に「別居をやめて同居してほしい」という内容の調停(第三者が間に入って裁判所で話し合いをする手続きのこと)を起こすことです。しかし、あくまで話し合いですから強制できませんし、話し合いが決着しない場合に裁判所が「審判」(判決のような裁判所の判断のこと)で「同居せよ」との結論を出すことがあっても、やっぱり強制はできません。従って、A子さんの意思が固ければ、別居状態は続くことでしょう。
別居を続けるA子さんが罪に問われるかというと、別居罪のような犯罪は刑法上、存在しませんので、罪に問われることはありません。ただし、別居に正当な理由がない場合には、離婚時に慰謝料請求の根拠とされる場合があるので注意が必要です。もっとも、今回のA子さんの場合、別居の原因を作ったのは夫の方ですから、別居にも正当な理由があり、損害賠償請求の根拠にされることはないでしょう。
そもそも、単身赴任などの正当な理由があって夫婦が別居しているケースはざらにありますし、近年は「別居婚」といった言葉も登場しています。はじめから一緒に住まわないことを前提とした別居婚は、民法に形式的に照らし合わせれば「同居義務違反」となりそうですが、夫婦がお互いに納得して別居に合意しているとみなされる場合には、同居義務違反には当たらないと考えられます。
夫婦関係の複雑化している昨今では、型どおりの「同居義務」を唱える異議が失われつつあるのかもしれません。
弐本目! 別居中でも「扶助義務」は果たさなければならない
同じく民法752条から導かれる義務として、「協力・扶助義務」が挙げられます。「扶助義務」とは、夫婦の一方は、他方が自分と同じ生活レベルで過ごせるように援助しなければならないという義務(生活保持義務)です。収入の高い方は、配偶者が自分と同程度の生活レベルを維持できる生活費を負担しなければなりません。「婚姻費用の分担」という言い方もします。同居している間に突然、夫がお金を家に入れなくなった!といった場合には、婚姻費用の分担請求調停を家庭裁判所に申し立てることができます。
別居していても夫婦である以上、扶助義務は残ります。A子さんが元々夫の収入で生活している専業主婦やパート勤務のみで、夫の負担なくしては自分の生活が成り立たないという場合もやはり、婚姻費用分担請求ができます。
婚姻費用の分担額が実務上、どのように決められているかといいますと、家庭裁判所で使用している「算定表」があります。双方の年収から月々いくらの分担額になるかを割り出す算定表になっています。インターネットで確認することができますから、ご自身がいくら生活費をもらえるのか、ぜひチェックしてみてください。
参本目! 法律の条文に書かれていないのに守らなければならない義務も!
「同居義務」は民法の条文に書いてあるのに、正当な理由があれば果たされなくても許容される義務、でした。反対に、民法のどこにも直接の条文がないのに、守られなければペナルティーが発生する義務もあります。
それが「貞操義務」です。「貞操」という言葉は最近あまり使いませんが、夫婦間には婚姻の効果として「貞操義務」や「守操義務」と呼ばれる義務が発生します。簡単に言うと、「夫も妻も、配偶者以外の人と性交渉を持ってはならない」つまり「不倫をしてはいけない」ということです。
この貞操義務自体を定めた条文は、実はどこにもありません。婚姻というものの性質から当然認められるもの、と考えられています。貞操義務に反する行為(不貞行為)は、不法行為として、損害賠償請求の対象になります。また、不貞行為は離婚原因の一つとされています。
A子さんのケースでは、夫の浮気は貞操義務に反する不貞行為です。A子さん自身が納得できなければ、夫(浮気相手にも可)に損害賠償請求することができますし、夫が離婚に反対し続けていても、離婚裁判で、不貞行為を理由に離婚の判決を求めることができます。もちろん、夫の浮気の証拠をしっかり握っていることが条件になりますが……。証拠集めの重要性については、またいずれ、お話しすることにしましょう!
「リーガ~ルポイント」
夫婦には、法律で定められているものの強制されない義務(同居義務など)と、法律には明文化されていないのに果たさなければならない義務(貞操義務)がある。別居した夫婦の場合でも、収入の多い方が少ない方に生活費を渡さなければならない。