作家・山内マリコが語る 映画「大コメ騒動」にみるフェミニズム

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映画『大コメ騒動』が1月8日(金)にいよいよ全国公開となる。
大正時代に富山県で実際に起きた「米騒動」が題材になっており、当時の女性たち(おかか)が奮闘する様子が描かれている。おかかたちを演じるのは、主演の井上真央、富山県出身の室井滋、夏木マリら豪華な顔ぶれ。ほかにも富山県出身のキャストが多数出演している。
本作の公開を記念し、公開に向けて全3回のインタビュー連載をスタートする。
今回はその第1弾として、富山県のご出身で作家として大活躍されている山内マリコ氏に本作の魅力を聞いた。

映画「大コメ騒動」にみるフェミニズム

作家・山内マリコさん

米騒動は、日本初の市民運動と言われていて、なおかつ「女一揆」、女性運動でもありますから、当然本作では、フェミニズムに対する知識や配慮、フェミニズムをどう扱うか、どう描くかが重要になってきます。そこがダメダメだと、ものすごい反感を買いかねないのが今の時代です。逆に、そこさえしっかりできていたら、ちゃんとお客さんは評価してくれますからね。
そんな視点で本作を観たわけですが、フェミニズム的に押さえるべきポイントはちゃんと押さえてあって、いわゆる「炎上」しそうなミスはなかったように感じました。

この時代にしては珍しく字が読める女性という設定の主人公・いと(井上真央)は、新聞になにが書いてあるかがわかるので、おかかたちの中でも一目置かれている存在として描かれています。米騒動は新聞の報道によって各地に広まったし、いとは女性たちと新聞をつなぐ接点でもある。そんないとが、出稼ぎに行く夫から本をプレゼントされるシーンがあります。

(C)2021「大コメ騒動」製作委員会

夫は、愛情半分、「これでなんとか勘弁してくれよ」という気持ち半分で本を手渡すのですが、その本が、『夜の露台』という竹久夢二の挿絵がついたいかにもロマンティックな本なんです。いとの特性である「字が読める」「本が好き」という個性も、ロマンティックなものが好きで、しかも夫から本を与えられるというこの描写によって、ぐっとフェミ要素は薄くなっていたように思います。頭はいいけど、女らしくて、男性の理解の範疇に収まる女性というキャラクターですね。それを退屈だと思うか、そのおかげで安心して観られるかは、人それぞれ。この映画は、後者の観客にチューニングされていると感じました。

ただ、そのさじ加減にした理由もすごくわかりますね。富山は保守的な傾向があるし、こういった大作映画は、より多くの観客を意識して作られるわけですから、誰かに対する遠慮もなく一人で書ける小説のようにはいきません。小説やエッセイは一人の文責でどうにでもできるけれど、たとえば、私がレギュラーで出演しているラジオでは、かなり言い方に気をつけたりもしています。マスメディアでフェミニズム的なことを言うときには、いまだに遠慮をしいられるのが現実なのです。

富山県出身キャストたちの見事な掛け合いに感服

(C)2021「大コメ騒動」製作委員会

そんな現実がある中、本作で室井滋さん演じる〝清んさのおばば〟だけは配慮ゼロ(笑)。なにを言っても許されるキャラクターなんです。清んさのセリフは的をズバズバ射ていて、中高年のお客さんが映画館で大笑いしている姿が目に浮かびますが、発言の内容はめちゃくちゃフェミ。室井滋さんは富山出身で、富山の人はみんな自分の親戚のように思っているので(笑)、ああいう治外法権的な役ができるのでしょう。室井滋さんがこれまで積み重ねてこられたキャリアと人柄への信頼があってこそ、あのポジションに立てる。これは室井さんの映画だなと思いましたね。

室井さん以外にも、本作には富山県出身の出演者がたくさんいらっしゃるんですね。富山弁って、富山の風土をものすごく表した絶妙な方言で、なんていうか、愚痴っぽいんです。マイナス思考で、じめっと陰気で、やる気を削ぐというか(笑)。わたしも富山弁をしゃべると、とたんにネチネチした悪口を言いたくなるのですが(笑)、だからこそ、実はすごくコメディ向きなんです。ただ、ネイティブ富山県民以外には〝習得不可能〟と思うほど難しい。なので、この映画のように、富山県の出身者が演じるのがいちばん自然で面白いんです。左時枝さんと柴田理恵さんが「はがやしい(ムカつく)」をユニゾンさせるシーンは名場面。富山弁の面白さが存分に出ていました。主役の井上真央さんも、さすがに方言ではネイティブ勢にかなわないものの、言語を所作で表したような、絶妙にイジイジした表情がうまくて、この時代のリアルな女性像という感じでしたね。

(C)2021「大コメ騒動」製作委員会

プロダクションノートを読むと、本木監督に「米騒動を映画にしたら」と最初に勧めたのは、岩波ホールの総支配人だった高野悦子さんだそうです。高野さんも富山のご出身。彼女がもし映画をご覧になっていたら、感想をぜひ聞きたかったなと思うのですが、高野さんも劇中の富山弁には大満足だったと思います。

イヴ・エンスラ―になれなかった私がひとこと物申すなら(笑)

実は去年、映画『大コメ騒動』の制作が決定したことを知った時、「米騒動を映画化するなら教えてくれたらよかったのに!」と思ったんですよ(笑)。勇敢な女性たちの姿を描いた映画『マッドマックス 怒りのデスロード』は女性に大人気の作品ですが、それはフェミニズム的なスタンスが素晴らしかったから。監督であるジョージ・ミラーが、制作の過程で、劇作家のイヴ・エンスラー(『ヴァギナ・モノローグ』の著者)をコンサルタントに雇った話は有名ですよね。女性を仲間に加えて、女性のことは女性に意見を聞きながら作品に取り入れる。そんな姿勢も含めて、女性支持の高い映画になったんですね。

本木克英監督と私は、同じ富山県出身で、地元の文学館のアドバイザーをご一緒していることもあり、年に1回会議でお会いしています。それで、本木監督が米騒動を題材にした映画を作るなら、わたしもイヴ・エンスラーみたいなことをやりたかったなぁと思ったわけです。

「わたしがイヴ・エンスラーだったらもっとこうしたのに!」みたいな目線でどうしても観てしまった私がひとつ物申すとしたら、いとが夫からプレゼントされた『夜の露台』(竹久夢二の挿絵がついたいかにもロマンティックな本)について、そこは『青鞜』だったらよかったのにー!と思ってしまいましたね。せっかくこの時代を描いているんですから。『青鞜』の編集部でアイドル的な立ち位置だった尾竹紅吉は富山の出身ですし、劇中で「知り合いの知り合いが尾竹紅吉で」みたいな小話が展開されていたら、もうわたしは昇天してますね(笑)。たとえそこまで話を広げられなくても、尾竹紅吉のツテで、この物語の2年前に廃刊になってる雑誌『青鞜』が富山の女性たちの間で密かに回し読みされている、そんなバックストーリーがあるだけで違ってきますし、米騒動の女性運動としての側面を強調するなら、『青鞜』との絡みはむしろ必須というか、そんなふうに思いながら観ていました。

本作は100年前の女性たちがもたらした希望

(C)2021「大コメ騒動」製作委員会

さて、映画のお話に戻ると、以前、室井滋さんにラジオでインタビューしたことがあり、「米騒動は富山の人からすると黒歴史のように思われていた」とうかがいました。わたしも昔は、唯一教科書に出てくる富山ネタという認識しかなかったのですが、フェミニズムに目覚めてからは、女一揆としての側面にとても興味がわいて、今は郷土の誇りだと思っています。虐げられてきた田舎の女性が団結して、時の政権を倒すところまでいくわけですから。市民革命が一度も起こっていない日本で、本当に異質な、例外的な出来事です。めちゃくちゃカッコいいですね。その様子を本作では見事に表現していて、女性が集まって気勢を上げ、暴れまわるシーンは実に爽快です。

でも、これを「女の強さ」みたいに語ると本質に届かなくなってしまいます。日本はずっと女性の強さに甘えてきた国で、家庭でも、労働者としても、性的にも搾取してきて、それは今も変わってません。「いざというとき女性は強いから」で国がなにもしない現実が、ちょうどコロナで、女性の自殺者増加のニュースとして顕在化しました。そう考えると、もし大正7年に彼女たちが米騒動を起こさなかったら、餓死する人も出て、大変な数の犠牲者数になっていたかもしれない。彼女たちの強さを褒めるのではなく、「もう我慢できん!」と反抗した行動力の方を称賛したい。このシーンを見て、そう思いました。

最後にエンドロールを見ると、スタッフの名前に女性が多くて、そこに希望というか、この映画の誠実さを感じました。出演者に占める女優さんの割合も当然高く、改めて、そういう映画が今まで少なすぎたことを気づかせてくれる作品でもありました。#MeTooから4年が経って、日本でもこういう映画が作られるようになった。女性が一人しか出てこない戦争映画より、わたしは女性が束になって「うおー!」と叫んでる映画が観たい。そういう人はきっと多いはずです。そんな同志にぜひ観てもらいたいし、存分に自分の思いを語って、盛り上がってほしいですね。