静岡おでんの聖地、青葉横丁で黒くない「やさし~」だしに舌つづみ

「やさし~~」。おでんを口にした客が、目をつぶり、ため息交じりにつぶやいています。ここは、静岡市中心部にある飲食店「おでんどころ ききょう」。狭い路地の両側に赤ちょうちんをさげた店が並び、昭和の香り漂う「青葉横丁」にあります。湯気が立ち上るおでん鍋の前で、店主の新村好子さん(78)が、「うちの味を分かってもらいたいから、まずはトッピングをかけないでこのまま召し上がって。そしてスープも飲んでみて」と勧めます。

じゅわっと広がるだし

さっそく、大根を。箸がすっと抵抗なく入ります。口に運び、かみしめると、じゅわっとだしが口中に広がります。ふうっと息をつくと同時に、「やさしい」という言葉の意味がわかりました。じっくりと16時間かけて完成させるというだしは、透き通った黄金色で、明かりに照らされ輝いています。カツオの香りと昆布のうまみ、牛肉、鶏肉などから溶け出したコク――。すっと体に染み渡っていくようです。

静岡市の飲食店「おでん処 ききょう」のおでん
「おでん処 ききょう」のおでん。黄金色のだしも一緒に味わいたい

おでんに合うお酒は、ジョッキの「静岡割り」。焼酎の緑茶割りで、地元の本山茶の粉末をたっぷり使用しています。ノンアル派の記者は、焼酎抜きの粉末茶「お茶っきり」をいただきました。苦みはなくすっきりとさわやかな味わいです。

夏でもおでんが当たり前

そもそも、静岡おでんとはどういうものなのでしょうか。

おでんの魅力を発信する任意団体「静岡おでんの会」によると、五つの特徴があります。
1、黒はんぺんが入っている
2、黒いスープ
3、串にさしてある
4、青のりとだし粉をかける
5、駄菓子屋にもある

戦後の食糧難の頃、それまで処分していた牛すじやもつなどを生かすために煮込んだことで広まったそうです。漁港があり、練り製品の製造が盛んだったことから、独自の発展をとげました。市役所前の大通りには100を超えるおでん屋台が軒を連ねていましたが、都市開発で近くに移転し、現在は青葉横丁に約20軒が並びます。

「県外からお客さんが来てくれるようになったのは、あのコマーシャルからね」。新村さんが振り返ります。2006年、ビールのCMで俳優の佐藤浩市さんが黒はんぺんを頬張る様子が放映され、静岡おでんは一躍「全国区」になったのです。横丁の店には行列ができたといいます。

静岡市の飲食店「おでん処 ききょう」店主の新村好子さん
カウンターでほほえむ新村さん。明るい人柄を慕う客も多い

「ききょう」は、青葉横丁に店を構えて38年。冬は25種類、夏も20種類のおでん種が並びます。静岡では、夏でもおでんを食べるのが当たり前。名物の黒はんぺんは、通年で食べられます。白くてふわふわのはんぺんとは対照的で、サバやイワシのすり身などが原料でざらっとした食感。魚の主張を感じます。イワシの削り節と青のりをかけて、味の変化も楽しみます。油揚げと白身魚の練りもので作る「しのだ巻き」も、静岡ならでは。1本100円または200円と手頃です。

静岡市の飲食店「おでん処 ききょう」のおでん鍋
おでん鍋の中に丁寧に下処理した具材が並ぶ

バスガイドからの転身

新村さんは隣の焼津市で生まれ育ち、高校卒業後、研修を経て、1964年の東京五輪の年に、静岡鉄道で観光バスガイドとしてデビュー。8年ほど働きました。「お客さんが日本のどこからいらしても、その土地の話題で盛り上がれるのは観光バスガイドをしていたおかげ。歌うのも、人と話すのも好きだったから」。今も店には、遠方からの客が絶えません。

なじみの飲食店の女性店主から「店を引き継いでほしい」と頼まれたのは、40歳を過ぎたころ。「3か月ほど迷ったんだけど、『やっぱりあんたにやってもらいたい』と女将おかみから言われてね」。情にほだされ、引き受けることに。

貪欲な探求心が生んだ味

満足いくだしができるまでに約30年かかりました。元上司が来店し、「女房の作るおでんがうまい」と言えば、プライドを捨てて食べさせてもらいにいったことも。貪欲な探究心が、ほかの店とは異なる黒くないだしにつながりました。「たかがおでんと思われるかもしれないけれど、だしが大事。和食の原点だと思っています。鍋の中で具材の味がけんかしないように、下ごしらえで癖を取ります。手間暇かけないとおいしくならない。おでんは正直ですよ」

新型コロナが広がる前は、地元の民謡「ちゃっきり節」を披露して、客をもてなしていたそう。来年放送予定のNHK大河ドラマ「どうする家康」は、静岡が舞台です。新村さんは、「きっとたくさんの人が来てくれるはず。静岡の魅力を伝えるためにがんばるよ」と、意気込みます。自慢のだしと歌声が、訪れる人をやさしく迎えてくれることでしょう。

店を出ると、夜のとばりが降りた横丁の路地を、赤ちょうちんの柔らかな光が照らしていました。(文・読売新聞生活部・谷本陽子 写真・三浦邦彦静岡おでんの店「ききょう」

おでん処 ききょう
住所 静岡市葵区常磐町1-8-7
営業時間 午後5時半~午後10時
定休日 日曜(他の曜日でも休むことがあるので要確認)
アクセス 東海道新幹線静岡駅から徒歩15分

【動画】静岡「おでん処 ききょう」の新村好子さんにインタビュー

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