元プロサッカー選手・中村憲剛「支援はアスリートとしても、人としても可能性を広める行為」

OTEKOMACHIが、国際NGO「プラン・インターナショナル(以下、プラン)」や企業などと協力して、途上国の女の子たちを支援する「#サポチョコ」キャンペーンが今年も行われます。プランではサッカー元日本代表の中村憲剛さんも支援に参加しています。中村さんに「#サポチョコ」の取り組みや自身の支援活動などについてお話を伺いました。

「#サポチョコ」は参加しやすい企画

――まず、「#サポチョコ」という企画を聞いて、どのような印象を持ちましたか。

いろんな意味で「すばらしいな」と思いました。「支援を」と言うと、どうしても大金を出すイメージがつきやすいのですが、そうではなく、チョコを購入することで、途上国の女の子たちの力になるということで、誰もが参加しやすいすばらしい企画だと思います。

支援するということは本当に難しいことだと思うんです。「支援をしています」とオープンにすることで色々な声は出てくるものです。そこを気にしてやらない、ではなく、それでも自分が参加することで誰かの力になれるなら、やらないよりはやった方が良いというのが自分の考えなので、意義もあり、参加しやすいこの「#サポチョコ」は、すごくいい企画だなと思います。

中村憲剛さん

 

――ありがとうございます。中村さんは、サポチョコの寄付先であるプランで長年、支援活動を行っています。どのような支援を行っていますか。

とにかく、困っている人を助けたい。この一心で、「プラン・スポンサーシップ」という途上国の子どもと手紙での交流を通じて、地域開発を支援する活動に参加しています。最初は、ドミニカ共和国の女の子と交流しました。彼女が少しでも良い生活を送れるように、学べる機会を提供できたらと考えていました。彼女は無事に成人しました。

支援のきっかけは「妻」

――そもそも、どうして支援活動を行おうと思ったのですか。

きっかけは妻です。妻から初めてプランさんのこの話を聞いたときに僕も「参加したい」と賛成し、夫婦の意思として参加させてもらいました。長男が生まれる2008年ごろの話です。

もともと子どもは好きでしたし、アスリートとして、プロサッカー選手としてもそうだし、一人の父親になる人間としても、サポートをしたいと思いました。自分の子どもだけが良ければいいというわけではない、と思って参加しました。より多くの子どもたちを自分がサポートできるという機会をプランさんと妻からいただけたことに感謝しています。

――ご家族で支援活動について話をされることはありますか。

子どもたちには、パパとママで、今アフリカの女の子とこういう交流をしていて、その子は何歳で、こういうことをやっていて、と説明しました。

――お子さんの反応はどうですか。

最初は「?」とポカーンとしてましたね(笑)。でもちゃんと説明したら、そこから彼らも関心をもってくれました。自分たちが当たり前のように受けられていることが、当たり前じゃない地域、世界がある。自分たちだけが良ければいいというわけではないことを子どもたちに認識してほしかったんです。こういう話をすることで、日本以外にもいろんな国があって、いろんな子どもたちがいること。将来的に、そういう国の人たちと交流を持つときに、自分の尺度だけで話したり考えたりするのではなくて、違う文化や背景、習慣がある人たちがたくさんいること、そしてどう行動すればいいかを考えてもらいたいと思っています。

サッカー元日本代表の中村憲剛さん

――サッカーを通して、支援のきっかけになったことはありますか。

初めて日本代表として参加した国際試合がインドで行われたものでした。そもそも僕は育成年代の日本代表に選ばれることが1回もなかったので、サッカーで海外に行くこと自体初めての経験で……。2~3泊程度でしたが、インドでの滞在は人生観が変わるほど衝撃的でした。

空港から出たすぐ外で人が寝ていたり、座っていたり。スタジアムも老朽化が凄くて、試合中に野犬が入ってきて電気も消えました。国際試合ではあまりないことです。自分が今まで暮らしていた、サッカーをしていた環境とは全く違う世界で、今、まさに同じ時間を生きている人が大勢いる。日本との違いを実感できたことは、本当に大きな経験でした。同時に、自分が何かできることがあればしたいと思うきっかけにもなりました。

支援がサッカーのモチベーションに

――支援活動は、サッカーに何か影響がありましたか。

サッカー選手がプレー以外でも社会に貢献できるということが、僕にとって一つの大きなモチベーションになりました。僕は、Jリーガーは社会的な活動をするべき存在なのではないかと思っています。

正直、サッカー選手がサッカーだけをやる時代は終わったとも考えていて。ピッチ上でパフォーマンスを極める、突き詰めるために24時間マネジメントすることはプロとしてお金を払ってプレーを観に来てくれる人たちがいる以上、当然のことだと思っています。それと同時にピッチ外の活動でその存在価値を高めていくことも、これからのアスリートにとってとても重要なことだと思うんです。

――支援活動がパフォーマンスにいい影響を与えていたんですね。

スポーツには大きな可能性とポジティブなパワーがあるんです。それをピッチ内で納めておくのは正直もったいないと現役を引退して改めて思います。アスリートの中には「全力でプレーすることが一番尊くて、価値のあることだ」と思っているでしょう。もちろんその通りです。そこに異論はありません。

でも、そこに加えて、支援活動をすることがアスリートとしてまたは人として広がる幅があることを、それがまたプレーにポジティブな影響があることを知って欲しい。支援活動がマイナスに働くことを心配している選手もいるかもしれません。それも理解できます。そこはバランスです。プレーに支障が出ないように自分で考えながらバランスを取って活動することも成長に繋がるんです。支援活動は自分の可能性も広がります。僕は所属していた川崎フロンターレがそういった地域貢献活動をずっと続けてきたことで、その活動が自分たちの可能性を広げられた経験をしてきたので、はっきりとそこに価値があると言えます。

――今後やってみたい活動はありますか。

基本的に、僕、何かを生み出せるタイプじゃないんです(苦笑)。例えば、一緒に話しをする中から出た案を、広げていくことは得意なんですが。なので、みんなで考えていきましょう。スポーツ選手は忙しそうだからなんて、声をかけることを遠慮しないでください。みんな誰かの力になりたいと思っているはずです。 支援は義務ではありません。僕自身、最初は何者でもなく、中央大学からプロの世界に入りました。そこから「プロ選手としてサッカーを突き詰めること以外で誰かの力になれる。やれることがあるんだ」と学び、今があります。選手たちは自分の可能性に気が付いていないだけかもしれません。だから、もっとサッカー選手に投げかけてください。「憲剛さんもやっているなら俺もやりたい」とこの記事を読んでそう思う選手がひょっとしたらいるかもしれない。そこで一緒になってこの活動に参加してくれれば、また誰かを救うことができるんですから。

(聞き手・読売新聞メディア局 大久保桃子)

中村 憲剛 (なかむら・けんご)

1980年東京都生まれ。2003年に川崎フロンターレに入団。MFとして卓越した足元の技術とパスセンスを武器に川崎で18年間活躍した。日本代表では10年ワールドカップ南アフリカ大会に出場。現在は、育成年代の指導や解説を通じて、サッカーの普及活動に取り組む。プランの活動に賛同し長年支援を続けている。

#サポチョコ」とは
「OTEKOMACHI(大手小町)」の発案で2019年にスタートした取り組み。バレンタイン期間中に、賛同企業が販売する対象商品を購入すると、その売り上げの一部が国際NGOプラン・インターナショナルに寄付されます。寄付金は、途上国の女の子が直面する問題に焦点を当てて解決する「ガールズ・プロジェクト」に活用されます。

プラン・インターナショナル」とは
子どもの権利を推進し、貧困や差別のない社会を実現するために世界70カ国以上で活動する国際NGOです。創立は1937年。長年にわたり、子どもや若者、地域の人々とともに地域開発をすすめてきました。すべての子どもたちの権利が守られるよう、とりわけ女の子や女性への支援に力を入れています。

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