冷蔵庫のなかの食材は、のびのびしていてほしい

生湯葉シホの生の声

生湯葉シホさんのエッセー11回目。冷凍庫に常備されるアイスクリームの写真

同棲どうせいしている恋人と大げんかをしたと、友だちが夜中にTwitterでつぶやいていた。そのけんかの原因が、冷凍庫の中身だという。なんでも、恋人がこまかく決めた冷凍庫の収納ルールを友だちが守らず、使わないことになっているはずの引き出しにものを詰めこんでいたせいで、恋人がそれはもう、「怒りすぎて死ぬんじゃないかと思うくらい」怒ったらしい。そんな怒られたかあ、なに入れてたんだろうなと想像をめぐらせながら、私もかつて冷凍庫を箱アイスでぎゅうぎゅうにしていたせいで、元夫によく渋い顔をされていたのを思い出す。

彼が冷凍庫をあけるたびに「アイスだ」「あ、増えてる」「ファミリーパックじゃんこれ」と眉をひそめるから、毎回ふしぎでたまらなかった。食べたいの? と聞くと、「いや、僕はアイスそんなに好きじゃないから、こんなに毎日食べる人もいるんだなあって」と困惑気味に言う。最初にそれを聞いたときは、ものすごくびっくりした。卵や牛乳のアレルギー以外で、この世にアイスクリームがそんなに好きじゃない人がいる、だなんて考えたこともなかったのだ。「冷たいのが気に食わない」と彼は言っていた。そ、そんな。でも、考えてみれば私も肉がそんなに好きじゃなく、それを人に言うたびに驚かれてきた。食べものの好みはなかなか、一筋縄ではいかないよなあと思う。

きみら食べものはのびのびしていてくれ

引っ越すたびにシェアハウスを選んで入居している知人は、シェアハウスの醍醐味だいごみのひとつは冷蔵庫にある、と言う。なんでも、キッチンが共用のシェアハウスの場合、たいてい共用部に業務用くらいおおきな冷蔵庫がひとつあって、そこに入居者たちの食材が集まる。比較的料理好きな人たちが多いとその中身がボウルや密閉容器だらけになるし、外国人の入居者が多いと、日本ではなかなか見ないようなブランドの餃子ギョーザとかトルティーヤとかが大量に冷凍されていたりする。それがなんともおもしろいらしい。

いちど、知人が過去にシェアハウスで鶏白湯とりぱいたん鍋をしていたら、入居者のひとりが鍋のしめにそうめんを入れようとして大騒ぎになったという。鶏白湯なら中華麺以外ありえないとか、いや白米だろうとか、やれ卵を溶けとかいろいろな意見が出たものの、そうめんの彼が頑なに「絶対に合う」と言うのでおとなしく全員で食べたら、思いのほかスープが麺に絡んでとてもおいしかったそうだ。その入居者は九州出身のひとで、彼の地元では鶏鍋の〆はいつもそうめんだったから、それをほかのメンバーにも味わってほしかったという。

「自分ちでずっと食べてたものを否定されるの、めちゃめちゃ嫌やったなあとそのとき思い出した」と知人。彼の実家では、牛ではなく豚肉のすき焼きが定番メニューだったけれど、大人になってそれをひとに言ったことで何度か嫌な思いをしたことがあるらしい。経済的な状況だけじゃなく、自分の家族やルーツまで馬鹿ばかにされているような気持ちになった、という彼の話には説得力があった。

部落問題に関するノンフィクションを多く書かれている文筆家の上原善広氏がかつて、「ソウルフード」というのはいわば人から差別される料理のことだ、と言っていたけれど、たしかに慣れ親しんだ食文化が思わぬところで自分のルーツを明らかにし、それが差別を呼ぶことってしばしばある。「だから、冷蔵庫のなかの食べものを萎縮いしゅくさせたくない、みたいな気持ちがある……見たことない食材でも、どこの料理かわかんなくても、きみら食べものはのびのびしていてくれと思ってるんやわ」という知人の言葉には、たしかになあと思わされた。冷蔵庫のなかの食べものがのびのびしてる家はいい家、とも彼は言った。

ここでなんとなく、いまの自分の家の冷蔵庫をあけてみる。野菜室に投げ入れられたトマトやら茄子なすやらの野菜たち、それにドアポケットのなかの雑多な調味料群を除けば、いちばん大きな顔で座っているのは絹豆腐ともめん豆腐2丁ずつ。その隣が大きいボウルでつくったみかん入りの牛乳寒天。野菜室のメンバーは季節で若干入れ替わるけれど、豆腐と寒天がスタメンなのはおおよそ通年変わらない。私は豆腐とか寒天とか湯葉とか、つるっとした色のうすい食べものが心底好きなのだ。この偏った食材たちを見ていると、いい悪いはともかくとして、ひとり暮らしだなあとしみじみ思う。

生湯葉シホさんのエッセー11回目。大好きな豆腐は冷蔵庫に常備されている

うちの実家の冷蔵庫のスタメン、ミートソース

スタメンといえば、私の実家の冷蔵庫には、パスタ用の自家製ミートソースが常に入っていた。なんでも、母がパスタのソースづくりにやたら凝った時期があったらしく、そのときに生まれたミートソースのできがよかったので我が家の定番メニューになったそう。

はじめに書いたとおり私は肉がそこまで好きじゃないのだけれど、そのミートソースにはジャンキーな感じの肉々しさはなく、にもかかわらずコクがあって濃厚で、ほんとうにおいしい。赤ワインを使っているのでどちらかというとボロネーゼなのでは? とも思うのだが、母いわく、「いろいろやってたらミートソースとボロネーゼの中間みたいな感じになったのよ、だからまあどっちでもいいっちゃいい」とのこと。これ、アルコールにも合うし甘さを調整すればお子さんでも食べられると思うので、せっかくだからレシピを書いておく。

【生湯葉家のミートソース】
▽材料 3~4人分
・合き肉 300g
・玉ねぎ 1/4個
・セロリ 1/3本
・にんじん 1/2本
・にんにく 1かけ
・トマト缶(ホール) 1/2
・ブイヨンキューブ 1/2個
・ローリエ 1枚
・オリーブオイル 大さじ2
・赤ワイン 50cc
・砂糖 小さじ1/2
・ウスターソース 大さじ1
・塩、こしょう 適量
▽作り方
フライパンにオリーブオイルを弱火で熱し、みじん切りにしたにんにくを香りが出るまでいためる。中火にしてローリエと合挽き肉を入れ、肉が全体に色づいたら玉ねぎ、セロリ、にんじん、トマト缶、ブイヨンキューブ、赤ワインを入れる。煮立ったら弱火にし、砂糖とウスターソース、塩・こしょうを味を見ながら入れる。15分ほど煮込んだら完成。冷凍もできるので、小分けにして好きなときに食べてください。

ちなみにこれはあとからわかったのだけど、冒頭の友だちが冷凍庫に入れて恋人に怒られたのは、飼っている蛇の餌だったそう。「必要なのはわかるから、せめて見ないようにしてる引き出しに入れてって言ったじゃん」と泣きながら怒られたそうで、それはたしかに友だちが悪いな、と思った。餌がなんだったのかはここでは書きません。

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生湯葉シホ
生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
ライター/エッセイスト

 1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06