「デザイン思考」のすすめ、グラフィックデザイナー佐藤卓さん

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佐藤卓さんが手がけた「ニッカウヰスキー ピュアモルト」(1984年) 読売新聞 大手小町
ニッカウヰスキー ピュアモルト(1984年)

グラフィックデザイナーの佐藤卓さん(65)は、コーセーの化粧品「雪肌精」や、家庭でおなじみのエスビー食品の香辛料「スパイス&ハーブ」シリーズ、「ほぼ日手帳」など、商品デザインやブランディングを幅広く手掛けています。テレビ番組の監修も行い、総合指導を務める子供向け番組「デザインあ」(NHK Eテレ)はママたちにも人気です。佐藤さんがデザインする上で大切にしてきたことや、デザイン思考について聞きました。

――「明治おいしい牛乳」「ロッテキシリトールガム」をはじめ、親しみやすいデザインを数多く提案してきたことが評価され、4月下旬に紫綬褒章を受章しました。今の心境を教えてください。

これまで、特別なものではない、当たり前の日常をテーマにしたデザインを多く手掛けてきました。地道に続けてきたことに光を当てていただき、うれしく思います。

「デザインは気遣い、自分は黒子でいい」

――パッケージやシンボルマークのデザイン、展覧会のプロデュースなど仕事は多岐にわたります。デザインする上で大切にしてきたこと、仕事を始めた当初から変わらないことは?

「デザインは気遣い」だと思っています。物や依頼主と、生活者の間に立って、伝えるべきことが正しく伝わるように、ちょうど良い加減で「間をおつなぎする」仕事。そこに格好良さ、個性や自己表現は必要ないと思っています。商品を信頼し、買ったり使ったりしてもらうことにつながれば、それでいい。自分のスタイルは作らない、黒子でいいという考えでやってきました。

そもそも、意識化されない「気付かれないデザイン」は、世の中には山ほどあります。たとえば、信号機や横断歩道、イス、照明、文字もデザインです。誰も気にとめないけれど、そこにデザインがあるから、社会がうまく機能している。目立たないけれど大切なデザインがたくさんあって、「日常を少しでも良くできたら」と地道に取り組んでいるデザイナーがいます。デザインが関わらない物事は、何一つないんです。

――仕事の原点は、1984年に発売されたウイスキー「ニッカ ピュアモルト」の商品開発だそうですね。過剰さがもてはやされる時代に、小さなラベルだけのシンプルなボトルを提案しました。

あえて、デザインをしていないようなものを作りました。自分は20代後半で、当時は若い人がウイスキーから離れていた時代。どうしたら手に取りたくなるかを考えました。飲んだ後、すぐに捨てるのではなく、空き瓶を使いたくなる商品があってもよいのではないかと思ったんです。日本は昔から、「もったいない」という気持ちを大事にしてきた国ですから。ただ、時代は、これからバブル期という頃で、新製品の時からリユースやリサイクルを考える商品はほとんどありませんでした。実際、この商品が売れて、空き瓶を花瓶などインテリアとして使っている人を目にした時、「これで良かったんだ」という手応えとデザインの仕事の面白さを感じました。

グラフィックデザイナーの佐藤卓さん 読売新聞 大手小町
佐藤卓さん(読売新聞写真部 佐藤俊和撮影)

――どんなときにアイデアが生まれるのですか?

自分がアイデアを生み出しているという感覚はありません。商品のテーマ、世の中の状況といった条件を頭に入れて、「何をすべきか」「どうつなぐべきか」を考えます。ぱっと思いつくのは、リラックスしている時ですね。場所は選びません。電車で移動中もあれば、自分のデスク、湯船でゆったりしている時に思いつくこともあります。脳がリラックスできる環境を作れるよう、長年訓練を積んできました。練習に練習を重ね、試合で結果を出すスポーツ選手の訓練と似ているかもしれません。頭の中のたくさんの情報を泳がせるようにしていると、あるところでピッとつながるんです。まさに「あ」と思いつく感じです。「面白い」「役立つかも」という小さな気づきを決して忘れず、こじ開けるように、執拗しつようにくらいついていくと、先が見えてきます。

いただいたお仕事は、時間が許す限り全て引き受けてきました。だからこそ、一つの仕事が、別の仕事で生きたり、仕事の幅を広げてくれたりしました。「これだけしかやらない」と言える才能もなかったですから。時間をかけ、いろいろなことをやってきたのが、結果的に良かったと思います。

レジ待ちでじわじわ感じる喜び

――やりがいや喜びを感じる時は?

自分が手掛けた商品を、ごく自然に、当たり前に使っていただけているのを目にすることは喜びです。コンビニやスーパーのレジに並んでいる時に、前の人の買い物カゴに自分が手掛けた商品が入っていたりすると、「役に立っているのかな」と、つい顔がにこっとしてしまいますね。

教育番組「デザインあ」を基にした展覧会のポスター 読売新聞 大手小町
教育番組「デザインあ」を基にした展覧会のロゴ

――2011年からは、ママたちにも人気の子供番組「デザインあ」(NHK Eテレ)のプロデュースも手掛けています。

子供のうちから「デザインマインド(思考)」を育んでほしいと思っています。番組では、道路を右側通行したり、整列して電車に乗ったりといったことの重要性をアニメーションで伝えています。「日常生活の当たり前はデザインなんだよ」ということを知ってほしいからです。デザインというのは、ユーザーのために先々を考えて物事を適切に施すこと。先回りして問題を解決していくのです。

――最近は、「デザイン思考」はビジネスに役立つと注目されています。

どうしてもデザインって、カッコイイものや、表層的なものだと受け取られがちですが、その誤解を解きたくて活動している部分もあります。生活のあちこちにデザインがあるわけです。子供たちが大きくなってどんな仕事についても、デザイン思考は生かせます。幼い頃からデザイン思考に親しみ、今の子供たちが、デザインへの意識が高い大人になった時に、どんな対応をしてくれるのか楽しみです。

――コロナ禍で日常が様変わりしました。社会の変化はデザインにどう影響すると思いますか。

デザインは生活に寄り添うものです。新型コロナウイルスで、コミュニケーションの仕方が変わったり、移動が制限されたりして、人々の生活や取り巻く状況、意識が変われば、私たちデザイナーのやるべきことも変わってきます。環境問題をとっても、海洋汚染やプラスチック問題など現在の課題をどう解決していくのかを、デザイナーは企業などとともに探っていく必要があります。社会課題が山積みの状況です。デザインは、もっと社会や人の役に立てると思っています。難しい課題を前にすると、「さて、どうしていこうか」と脳が動いて、自分を活性化させてくれるんです。これからも、まだやったことのない仕事、課題に挑戦し続けたいですね。

(読売新聞メディア局 谷本陽子)

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佐藤卓(さとう・たく)
グラフィックデザイナー

 1955年、東京生まれ。81年、東京芸術大学大学院修了。84年、佐藤卓デザイン事務所を設立。商品デザイン、「国立科学博物館」のシンボルマークなどを手掛ける。NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」アートディレクター、デザイン施設「21_21DESIGN SIGHT」館長も務める。