夏目三久さん「夫婦のすれ違いを防ぐため芸能界引退」に思うこと

サンドラがみる女の生き方

サンドラ

タレントの有吉弘行さんとフリーアナウンサーの夏目三久さんが先日、結婚したことを発表しました。あわせて、夏目さんが今秋、芸能界を引退することも明らかになりました。二人が共演したテレビ番組で、有吉さんが夏目さんの引退理由について、「離婚の原因って、『すれ違い』か『価値観の違い』。せめて、すれ違いだけでもつぶそう(なくそう)かなと」と説明したことから、これがいわば「夏目さんが専業主婦になる」宣言だとして女性たちの間で話題になり、賛否両論が巻き起こりました。今回は、「女性が仕事をやめること」「専業主婦になること」に関する日本と海外の違いにスポットを当てます。

性別関係なく「働くことがデフォルト」のヨーロッパ

夏目さんの決断を聞いて、「日本らしいな」と思いました。というのも、筆者が育ったドイツでは、「カップルのすれ違いを防ぐために、女性が仕事をやめる」という選択肢は、ほぼないからです。結婚を機に女性が仕事をやめることが法律で禁じられているわけではないので、厳密にいえば選択肢は「ある」のでしょうが、ドイツの社会では、夫やパートナーを支えるために、女性が仕事をやめて専業主婦になるという選択に対しては、厳しい視線が注がれます。

なぜならドイツでは、学校で勉強してきたことを職業に生かすべきという考え方が根強く、せっかく勉強したことを職業に生かさないのは本末転倒だと考えられているからです。また、いったん仕事をやめれば、将来の年金の受給額が少なくなるため、そういったことをなるべく防ごうと考える人は若い女性の中にも多いのです。

ドイツでは、「性別に関係なく働くもの」という考え方がデフォルトなため、現在のドイツの女性には、「夫を支えるために仕事をやめる」という発想自体がありません。そのため、今回のような「夫婦のすれ違いを防ぐために仕事をやめます」という言葉を、ドイツ語では論理的な文章に訳すことができないのです。

仮に、ドイツで女性が「夫を支えるために仕事をやめます」と発言したら、「ではなぜ、あなたの夫はあなたを支えるために仕事をやめないのですか」と聞かれそうです。まだまだ課題も多いとはいえ、ドイツでは様々な分野において、「男女平等であるべき」と考えられているため、必然的にこのような発想になるわけです。

女性有名人引退の是非、議論の意義あり

 夏目三久さんが「夫婦のすれ違いを防ぐために引退する」ことについて、日本のSNSなどでは様々な意見が飛び交いました。「山口百恵さんが結婚と同時に引退した41年前と、日本はあまり変わっていない」「日本も変わるべき」という意見もあれば、「夫婦やカップルが話し合って決めたことなのだから、第三者が口出しをすべきではない」といった意見も多く見られました。

「話し合って決めたのなら、それでいい」というのはその通りです。その一方で、仕事で活躍している女性有名人が、そのすべての仕事を引退することについて、世間が議論するのは意義のあることだと考えます。というのも、女性有名人の「発言」や「生き方」は、少なからず世の女性の生き方に影響を与えるからです。

「結婚して仕事をやめるのも、女性の生き方の一つ」である一方で、日本が男女平等度ランキングで156か国中120位(世界経済フォーラム調べ)なのは、「女性にとって仕事がすべてではない」「女性にとって大事なのはやっぱり家庭」という従来の価値観の結果でもあると考えます。

多くのシステムが「専業主婦ありき」の日本

 筆者は、日本に住んで23年になりますが、ちょっぴり残念に思うのは、日本の多くのシステムが「専業主婦ありき」のまま、今日こんにちまで続いていることです。

たとえば、ごみ出し。ドイツの場合、一軒家であっても集合住宅であっても、時間を気にせずに家庭ごみを捨てられるコンテナが置いてあるため、ごみ出しの時間を気にしながら生活する必要はありません。

ところが、日本の自治体の多くは、家庭ごみを早朝から8時までの間に出すように定めていて、8時ピッタリに出さなければいけないと決められているところもあります。こういったルールは、日本で専業主婦が多かった時代に作られたものです。今の時代は、夜勤で働く女性もいますし、共働きの夫婦も増えています。ごみ出しに都合のいい時間帯は人それぞれなのに、多くの自治体で「朝の〇時にごみを出す」というルールが見直されていないのです。

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写真はイメージ

また、PTA活動は、平日の昼間に行われることが多いです。仕事を持っている母親であっても、「子供のために、仕事を休んでPTAの会合に参加すべき」という暗黙のプレッシャーがあるといいます。1960~70年代のように、専業主婦が多かった時代であれば、平日のPTA会合も自然だったのでしょうが、働く女性が増えている今もなお、「母親が専業主婦である前提のルールや暗黙の了解」が続いているわけです。

「家庭の用事は女性がやるべき」という考え方が強い社会では、必然的に女性が仕事を休まざるを得ず、結果的に仕事をやめることにつながってしまいかねません。

古風な生き方も「多様性の一つ」か

コロナ禍において日本では、「女性の貧困」が問題になっています。その背景には、働く女性の多くが非正規雇用であり、安定した雇用ではないことが深く関係しています。そういったことを考えると、筆者は「女性の生き方」として専業主婦を選ぶのはリスクがあるのではないかと考えています。

ところが、そのようなことを口にすると、「生き方は人それぞれなのだから、専業主婦も多様な生き方の一つ」と反論されることがあります。

ヨーロッパでいう「多様性を認めること」とは、LGBTQへの理解を深めたり、今まで女性が就いてこなかった職業に女性が就きやすくしたりと、「今までしてこなかったことを積極的に進めること」を指します。これに対して日本では、一部の人とは言え、「昔ながらのシステムのもと、古風な生き方をする女性も多様性の一部」という考え方があります。これが、日本とヨーロッパの圧倒的な違いだと、筆者は感じています。

日本では、「多様性は大事」としながらも、「力仕事が男性にしかできないように、産むことは女性にしかできない」「女性は女らしさを、男性は男らしさを大切にするべき」という旨の発言をよく聞きます。でも、従来の古風な生き方を「多様な生き方の一つ」と見なしてしまうと、結局は、多くの人が「保守的な生き方を守ること」に固執してしまい、多様性のある社会への変化を妨げることになるのではないでしょうか。

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サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住23年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」
。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)、「なぜ外国人女性は前髪を作らないのか」(中央公論新社)。


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