「見逃してくれる大人」がいてほしい

生湯葉シホの生の声

平成生まれのエッセイスト・生湯葉シホさんが学生時代の先生の思い出をつづります。

ついこのあいだ、「限界まで疲れきったときになにをするか」という話題で友人たちと盛り上がった。コンビニに行って目についた食べたいものをすべて買うという人、写経する人、飼い猫を抱いて10時間くらい眠る人などさまざまいたのだけれど、とくによかったのは「り下げられる」という人。聞けば、先客のいない時間帯を狙って近所の公園に行き、鉄棒におなかをつけ、干された布団のようにだらんと頭を下ろしてボーッとするのだという。「鉄棒にある程度の時間吊られてみてください、ぜんぶどうでもよくなってくるから」という友人の言葉には妙な説得力があり、笑ってしまった。

そういう生湯葉さんは疲れたときどうしてるんですか、と聞かれ、「小学校のブログを見てます」と答えると場がざわっとした。そのときとまったく同じ弁明をいまここですると、(当たり前だが)あやしげな意図は一切なく、自分の出身小学校がすこし前に公式ブログをはじめたことを知って、校舎や校長先生の顔が15年以上ぶりに見られる懐かしさからそれを読むようになったのだ。

いまのご時世、学校側も生徒のプライバシーにきちんと配慮して他愛たわいない話題にしか触れないので、ブログには「なわとび大会で36分以上跳びつづけた生徒がいました」「新入生みんなで桜の木に名前をつけました」といった和やかな投稿ばかりが並んでいる。だから仕事の締め切りが差し迫りパニックになりかけたときにそれを読み、「高学年の子たちが植えたさつまいも、ぶじに育ってるかな……」などと仕事から思考をらしてはなんとか心を落ち着かせる、というのが私のこのごろのルーチンになりつつあるのです。

「効率のよい調理実習」への不安

そんなほのぼのとしたブログに先日、ちょっとした異変(?)があった。ここであまり詳しく言及するのはよくないのでざっくりとした書きかたになるのだけれど、家庭科の授業を通じてプログラミング的思考を育む、という概要のカリキュラムに小学生たちが取り組んでいることを知ったのだ。

すこし調べてみると、その授業に近しいことは私の出身小学校に限らず全国的におこなわれつつあるようで、文科省が関わっているポータルサイトや新聞社の記事などにも記載がある。一例を挙げると「お味噌みそ汁、白いごはん、ほうれん草のおひたしという献立で料理をする際にもっとも効率的な手順を考え、実行する」というような授業だ。どのタイミングでお湯を沸かし、ほうれん草を切り、計量スプーンを洗うと調理時間が最短になるかといった段取りをタブレットを使ってシミュレーションするという学校もあれば、なかには実際に時間を計測し、事前のシミュレーションどおりに実践できるかを調理実習で試す学校もあるようだった。

ほんとうに個人的な所感になるのだけれど、それを最初にWeb上で読んだとき、すこしだけぎょっとした。たしかに実際の料理の過程において、段取りを考える作業は必ず発生する。私はひとり暮らしなのでそこまで厳密に考えることはないのだけれど、たとえばお子さんがいる家庭などであれば、時間を無駄にしないために最大限に効率化した段取りで料理をする、ということは実際に日々おこなわれているはずだ。

ただ、小学5年生や6年生の子どもに対し、年に数回しかない調理実習の場で「効率よく料理しましょう」と先生が指示し、事前に組み立てたタイムシートどおりに生徒が動く光景を想像すると、なんだかちょっと胃がキリキリとしてしまう。もしも私がその授業を受ける生徒だったら、たぶん、焦りから体が動かなくなり、泣いてしまうんじゃないか。

日記を褒めてくれた先生、仮病を怒らなかった先生

平成生まれのエッセイスト・生湯葉シホさんが学生時代の先生の思い出をつづります。

そう思うのは、学生時代をふり返ったとき、自分がほんとうにのんびりとした子どもだったという自覚があるからだ。「のんびりとした」というのは穏やかな表現で、率直にいえばある種の問題児だったのではないかと思う。体育、とくに球技と水泳がとにかく苦手で、小学校高学年からは体育の授業の半分くらいを見学か欠席していた記憶があるし、中学1年生のときは理系科目の成績があまりに悪く、進級が危うくなって、「お子さんを励ましてあげてください」という内容の手紙が校長先生から家に届いたこともある。

そんな話を人にすると、どうやって卒業したんだと驚かれる。答えはすごくシンプルで、たくさんの先生たちに“見逃してもらっていた”のだ。

中学の担任だった理科の先生は、個人面談でなんども「どうして2回も追試をして5点しか取れないんだ」と私を叱った。わからないです、私が聞きたいですと答えつづけていると、あるとき先生がしびれを切らしたように、「おまえがテスト用紙の裏に書いてくる日記、あれはけっこう好きだよ」と言った。

そのころ私は、理科の試験で問われていることがあまりにもわからず試験時間が膨大に余ってしまうので、テストをほぼ白紙で出す代わりにその日あったできごとを用紙の裏面にエッセー調でつづるという、いまふり返ると猛烈に恥ずかしいことをしていた。思えば、担任の先生は試験で点数を取れないことには怒ったけれど(当たり前だ)、テスト用紙の裏に書かれた1000文字以上はあるであろう落書きには、いちども怒らなかった。怒らず、それを毎回読んだ上で、ついぞ追試の合格点に達しなかった私を「もういい」と黙認してくれた。

体育を欠席するたびにお世話になっていた保健室の先生は、私がベッドに横たわって目を閉じていると、きまって「順調?」と聞いてきた。仮病なのばれてるんだな、と気まずかったけれど、先生はやっぱり私を責めなかった。

いちど、思いきって「体育がほんとうに苦手で、体を動かしてるところを人に見られるのが怖いんです」とその人に打ち明けたことがある。先生はとくにそれ以上なにも聞こうとはせず、「でもここまで来てえらいねえ」と言った。学生時代、助けられた、と思ったことは数多くあるけれど、あれほどまでにありがたい言葉はほかになかった。

かつての私のような子どもがいるとして

いびつな育ち方をしたと思うし、たとえば体育で身につくかもしれなかった協調性や柔軟性、理科で学ぶはずだった自然事象への理解が欠けているなあと大人になって実感することも少なくない。けれどあのころ、テスト用紙の裏にちまちまと書いていたエッセーが、保健室のガーゼの匂いのするベッドでたぬき寝入りをしていたあの時間が、むしろいまの自分の多くを構成しているような気がする、なんて書くのは虫がよすぎるだろうか。

ただ、少なくとも言えるのは、私のことを見逃してくれた先生がいたから、私も自分より若い人たちに対してそういう姿勢でいられるようになった、ということだ。

大学生のとき、個人指導の塾講師のアルバイトを2年ほどしていた。受け持ちの生徒にひとりとても成績のよい子がいて、どの科目のテストでもいつも90点以上を取っていたのだけれど、あるとき、がくっと全体の成績が落ちたことがあった。

塾長と親御さんは心配し、理由を聞いて対策を考えてほしい、と言う。けれど授業がはじまってしばらくしたとき、その生徒が「今回だけなので、なにも聞かないでくれませんか」と私に言った。

そうかあ、と思い、なにも聞かなかった。塾長になんと報告したかは覚えていないけれど、たぶん適当に理由をこしらえたのではないかと思う。彼女が言ったとおり成績の悪化はそのときだけだったから、彼女になにがあったのかはいまでもわからない。なにか大きな悩みやスランプがあったのかもしれないし、もしかしたらとくになにもなく、ただサボりたい気分だっただけなのかもしれない。けれど彼女は卒業するとき、思い出したように「先生あのときありがとう」と伝えてくれた。やさしい子だったな、と思う。

私のその対応が、あるいは私の学生時代に先生たちが見せてくれたあの特例措置のようなやさしさが、最善だったかと言われると正直わからない。けれど、少なくとも私は救われたし、塾の彼女にとってもまあちょっとでもそうだったらいいな、と思っている。

平成生まれのエッセイスト・生湯葉シホさんが学生時代の先生の思い出をつづります。

家庭科で効率よく献立どおりの料理をつくる調理実習を明日に控えている小学校があったとして、これは私の想像にすぎないけれど、そのクラスにもたぶんひとりかふたりは、かつての私のようなぼんやりとした子どもがいると思うのだ。だからその学校に、お皿を洗うべき時間にボーッとしている子がいたとしても、調理実習がいやすぎてその日の授業を休んでしまう子がいたとしても、どうかそれを見逃してくれる大人がひとりくらいはいますように。迂闊うかつな言葉かもしれないけれど、でもほんとうに、そう願ってしまうのだ。

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生湯葉シホ
生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
ライター/エッセイスト

 1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06