【国際女性デーシンポ】坂茂さん「仮設の国会議事堂を福島に」

被災地から考えるSDGs

国際女性デー・シンポジウムの基調講演を行った坂茂さん。
国際女性デー・シンポジウムの基調講演を行った坂茂さん。東京からオンラインで、被災地支援の活動を説明した

3月8日の国際女性デーに合わせ、OTEKOMACHI(大手小町)と読売新聞東北統括本部は2月11日、仙台市でシンポジウム「被災地から考えるSDGs」を開きました。東日本大震災から10年を迎える東北で自分らしく働く女性や若者の挑戦、被災地支援のあり方などについて考えました。

基調講演では、建築家の坂茂さんが「建築にできる災害支援とその持続性」と題して、国内外の被災地で25年にわたる支援活動を報告しました。東日本大震災の復興については、「仮設の国会議事堂を福島に作ってほしい」といった驚きのアイデアを披露しました。

◆基調講演「建築にできる災害支援とその持続性」

「地震で人が死ぬんじゃない」

東北をはじめ、世界中の被災地で建築を使った支援を続けています。被災地支援の現場では、再生紙を使った筒を構造材料として建築する取り組みを25年続けています。

建築家は、政治力や財力のある特権階級との仕事が多く、社会の役に立っていないと気づいて、がく然としました。もっと一般の人々や、災害で家を失った人たちの支援をしたいと思い、被災地で避難所や仮設住宅の整備をするボランティアを始めたのです。

地震で人が死ぬんじゃありません。ではなぜ、人が死ぬか。建築が崩れて、人は死ぬんです。だから、避難所や仮設住宅の住環境を改善することは、建築家の責任だと考えています。

世界中どこにでもある紙やコンテナ

1986年に、フィンランドの建築家の展覧会施設を手がけました。木をふんだんに使って、有機的な曲面を作る計画でしたが、予算がありませんでした。1か月程度の展覧会ですから、お金をかけるのももったいないと思っていました。

そこで、木ではなくて紙を使うことを思いつきました。紙でできた筒です。ラップやファクス用紙の芯です。紙ですから、どんな太さでも、どんな長さでも作ることができ、しかも安い。曲げ、圧縮、強度などの試験をすると、紙は強く、建築に十分使えると確認しました。

2000年にドイツで行われた万国博覧会の日本館を再生紙で造りました。紙だけでなく、木箱に砂袋を詰めて基礎部分にしました。材料はすべてドイツで調達しました。防水や不燃加工をした紙で屋根も造りました。

フランスの国立芸術文化センター 「ポンピドーセンター」の分館を建築しました。ピクチャーウインドウという窓を設置し、メス市のシンボルであるカテドラル(大聖堂)が見えます。

世界を旅しながら展覧会を開くというカナダ人の写真家のために、世界中どこにでもある船積み用コンテナで展覧会施設を建築しました。

紙だけでなく木を使った建築も好きで、スイス・チューリヒの新聞社の7階建てのビルは、すべて木造で設計しました。木を組み合わせることで、地震の横揺れに強い構造が可能ですが、規制の厳しい日本では造ることはできません。

2017年にパリ近郊に造った音楽堂は、船のような形が特徴的です。1200人収容の施設です。環境を意識したシンボルになる建物をリクエストされ、船の帆のような部分をソーラーパネルにしました。これが太陽を追って動くので、見る時間によって建物の形が変わります。

坂茂さんが設計したフランス西部の音楽堂「ラ・セーヌ・ミュジカル」
坂茂さんが設計したフランス西部の音楽堂「ラ・セーヌ・ミュジカル」。帆の部分が太陽の向きに合わせて動く

静岡県富士山世界遺産センターの建築は、学生時代にラグビー部の合宿で訪れた山中湖に映った逆さ富士をイメージしました。建物は逆さ富士をデザインしましたが、建物の前に引いた水面に富士山のかたちが映り込みます。建物の中は斜路になっていて、登山体験ができます。そして、ピクチャーウインドーを設けていますので、本物の富士山を見ることができます。

坂茂さんが設計した静岡県富士山世界遺産センター
坂茂さんが設計した「静岡県富士山世界遺産センター」。木格子を組み上げた逆円錐状の「逆さ富士」をデザイン

避難所の間仕切りはコロナ対策に

1994年に内戦があったアフリカ・ルワンダで、難民200万人がキャンプ施設を造ろうと、周辺の木を次々と切ったために環境問題になりました。国連難民高等弁務官事務所に掛け合い、再生紙を使ったテントを提案し、難民キャンプの設営をしました。

1995年に阪神・淡路大震災が起きると、神戸市の鷹取教会に大勢のベトナム人が集まっていることを知りました。被災地で暮らすマイノリティーの人々の困窮を想像し、すぐに神戸へ向かいました。公園を根城にしていたベトナム人に、ビールケースに砂袋を詰めた基礎で50軒の仮設住宅を造りました。

キリスト像だけを残して建物がすべて崩壊した鷹取教会の跡地に、仮設の「紙の教会」を造りました。地元のシンボルとなって、そこで結婚式や音楽会が開かれました。3年も使われればいいと思っていましたが、建物は10年間維持されました。

そして、1999年に大地震があった台湾の村が移築を希望し、今もその建物は教会兼コミュニティーセンターとして使われています。都会ではどんなに立派な建物を造っても、数十年たてば再開発で壊され、新しいビルに生まれ変わっていきます。

つまり、コンクリートの建物も仮設なのです。たかだか紙で造った教会も、みなさんに愛されれば、パーマネント(永続的)な建物になるのです。

プライバシーのない避難所の様子
プライバシーのない避難所の様子

2004年の新潟県中越地震では、プライバシーのない避難所に間仕切りを作ろうと提案しました。ところが、行政から「前例がない」「管理がしにくい」と断られました。東日本大震災では、岩手県大槌町の体育館を担当していた物理の先生が間仕切りを受け入れてくれ、最終的に50の避難所で作ることができました。

避難所の間仕切りはプライバシーを守るため、事前に備蓄されるようになりました。今では、飛沫の防止効果が高いと認められ、新型コロナウイルス対策になると期待されています。今後、体育館などでワクチン接種を行うことになれば、感染防止や着替えのために間仕切りが使われることになります。

間仕切りを設けた避難所。プライバシーを守り、新型コロナの感染症対策にもなる
間仕切りを設けた避難所。プライバシーを守り、新型コロナの感染症対策にもなる

仮設の国会議事堂でスマートシティーを造る

最後に、ちょっと新しい提案をしたいと思います。東京は密集していて、災害対策や地方創生という点から、首都を地方へ移すべきと考えています。首都機能移転は過去にも、関連法案が整備されるなど議論になりましたが、今では、20兆円をかけて、9000ヘクタールの街を造るというのは考えられません。

それでも、首都機能の移転は重要なことだと考えています。オリンピックのように、4~5年ごとに、仮設で、移動可能な木造の国会議事堂と一部の官庁を造るのです。空港や新幹線などのアクセスさえ良ければ不可能ではありません。空き家のリノベーション、都市のデジタル化などで、地方をスマートシティー化してインフラを整えます。

現在の国会議事堂はいつできたか、ご存じでしょうか。1936年です。現在の耐震基準、消防法の基準に合っていません。非常口のサインすらなく、警備員に聞いたら、「我々が議員さんを誘導します」と言っていました。彼らが被災したら、議員さんは建物から逃れられません。

だから、仮設の国会で地方にスマートシティーを造っていくのです。その最初は、福島がいいと思うのです。多くの人が戻ってきていません。復興はまだまだです。東北の復興をどうするのか。元の町を造るということはありえません。グレート・リセットという考え方で進めていってほしいと思っています。

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坂 茂 (ばん・しげる)
建築家

1957年、東京生まれ。米クーパー・ユニオン建築学部卒業。95年、ボランタリーアーキテクツネットワーク設立。主な作品に「ハノーバー国際博覧会日本館」、「ニコラス・G・ハイエック・センター」など。「建築界のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞(2014年)をはじめ、マザーテレサ社会正義賞(17年)、読売国際協力賞(19年)、フランス芸術文化勲章(10年)など数々の賞を受賞。慶応義塾大学環境情報学部教授。

シンポジウム「被災地から考えるSDGs」 2月11日(木)
メーン会場=ホテルメトロポリタン仙台(仙台市)
サブ会場=NTT都市開発株式会社東北支店ショールーム(仙台市)、クロステラス盛岡(盛岡市)
【主催】OTEKOMACHI、読売新聞東北統括本部
【協賛】日本マクドナルド、東北電力、仙台ターミナルビル
【協力】NTT都市開発、TheJapan News
【後援】内閣府男女共同参画局、東北経済産業局、岩手県、福島県、宮城県、仙台市、福島民友新聞社、宮城テレビ放送、テレビ岩手、福島中央テレビ