世界のファッション牽引したデザイナーの高田賢三、コロナで逝く

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読売新聞のインタビューに答える高田賢三さん(2018年、東京都内で)=鈴木竜三撮影

世界的なファッションデザイナー、高田賢三さんが4日、81歳で死去しました。新型コロナウイルスに感染していたそうです。1970年のパリデビューから世界のファッショントレンドをリードしてきた巨匠の悲報に、国内外から追悼の声が相次いでいます。

東洋と西洋の融合、ファッション界の新たなページ

民族調の装いを披露した1983年春夏パリコレクション(大石一男さん撮影)

パリコレを主催する仏オートクチュール・プレタポルテ連合協会はメールで 「パリにおける国際的なファッションの主要人物として、彼は永遠に連合協会の歴史とともに残るでしょう」と伝え、同協会のラルフ・トレダノ会長は、「東洋と西洋を融合し、独創的な裁断、多文化的な着想やエキゾチックなプリント柄で、ケンゾーはまぎれもなくファッション界において新たな1ページを記すのに貢献した」と、功績をたたえました。 

2016年に仏政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を受けている高田さんの訃報ふほうを、仏メディアも伝えています。「ル・モンド」紙は、ケンゾーを「永遠のティーンエージャーのような、丸顔で、眼鏡とボーイッシュな髪形で広く知られていた」と表現しました。ロズリーヌ・バシュロ文化大臣はAFP通信社に、「象徴的で大胆なデザイナーに敬意を表します」と答えています。

また、パリのアンヌ・イダルゴ市長も、「ケンゾーが亡くなったと聞き、深い悲しみに包まれています。素晴らしいクリエーターでした。彼は色と光をファッションの中に与えました。パリは今日、自身の息子の一人の死を嘆き悲しんでいます」とツイートしました。

夢と希望を次世代に

一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構の太田伸之理事は、ファッション界における賢三さんの存在について、こう語ります。「パリコレがオートクチュールから既製服に替わる時代に、世界をリードするトレンドセッターだったことは間違いない。彼のアイデアはその年のファッションシーンに色濃く投影され、百貨店のショーウィンドーはケンゾー風の服で埋め尽くされました」。そして、もう一つの功績として、「日本人が西洋の文化の中でナンバーワンになれるという夢と希望を次世代に与えました。彼に感化されてパリに飛び立った若者がどれだけいたことか」と話します。突然の訃報に接し、「昨年、帰国した際に食事をしましたが、元気で肌は艶々していました。まさかこんなことになるなんて信じられません」と話していました。

「KENZO」ブランドのデザイナーとして最後のパリコレを終え、モデルや関係者の祝福を受ける高田賢三さん(1999年10月、パリ市内で)

デザイナーの丸山敬太さんは、自身のインスタグラムで、偉大な先輩への思いをつづりました。

華やかでファンタジーあふれるコレクションに触発され、デザイナーへの夢を抱いて、賢三さんのもとで働こうと直談判に行ったそうです。「僕にとっての大スターだったケンゾーさんは、イメージどおりとても優しくて、沢山たくさんめていただいた。ビザが取れずに採用されることはなかったのだけれど、敬太くんは自分の世界があるから、東京に戻っても、どこでもやれるから頑張ってと、人づてにメッセージをくださった」

そして、その魅力をこう記しています。「色の洪水。鮮やかなプリント。気取らないムード。バカンスな気分。西洋と東洋。恋人たち。生きるよろこび。フォークロアの素敵すてきさ。旅の想い出。何よりファッションの楽しさ」「そして世界のファッションに影響を与え、プレタポルテという一つの時代を創った一人であるケンゾーさんが、憧れでもありますが、同じ日本人として本当に誇らしいのです」

こんなに愛おしい人はいない

ファッション以外の分野でも追悼のメッセージが相次いでいます。

宮本亞門さんのツイッター(@amonmiyamoto)より

演出家の宮本亞門さんは、二人で撮影した写真とともに、「嘘でしょ『これから僕はもっと頑張る』っておっしゃっていたのに。父性も母性も兼ね備えた、こんなにいとおしい人、会った事ありません。ご冥福めいふくをなんてまだ言いたくありません。高田賢三さん、また会って、シャンパン飲みましょう!あなたの笑い声が聞きたいです」とツイート。続けて、「もっと勉強したいって、謙虚すぎるぐらい謙虚な方。繊細でユーモアに溢れ、蝶々ちょうちょうが大好きな高田賢三さん。 蝶々夫人の衣装を作っていただいた時も、がんで入院した私の病室まで来て打ち合わせしてくれて、初日が明けるまで徹底的にこだわって見事にクリエーションしてくれました。突然の訃報はつらすぎます」とつづりました。

親交のあった作家の辻仁成さんは、「悲しいニュースが届きました。(中略)尊敬していただけに、悲しい。もの静かな優しい方でした。ご冥福をお祈りします。やすらかに。ありがとう、KENZOさん」とツイート。ブログに思い出を記しました。

ネットでは賢三さんのデザインした商品をSNSで紹介する人も。一時代を築いた日本人デザイナーの活躍をたどりつつ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(読売新聞メディア局編集部)

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