避妊は女性だけの問題?「緊急避妊薬」を巡る騒動を考える

サンドラがみる女の生き方

先日、ある医療関係者の「緊急避妊薬」に関する発言が話題になりました。緊急避妊薬は、女性が性交渉の後に服用し、望まない妊娠を防ぐ薬で、日本では購入するのに医師の処方箋が必要です。NHKのニュース番組が、緊急避妊薬について取り上げた際、日本産婦人科医会の前田津紀夫副会長が「(薬局で買えるようになると)『じゃあ、次も使えばいいや』という安易な考えに流れてしまうことを心配している」「日本では若い女性に対する性教育、避妊も含めて、ちゃんと教育してあげられる場があまりにも少ない」とコメント。これに対し、SNSなどでは「望まない妊娠は女性だけの問題じゃない」「なぜ男性への性教育を怠って、すべてを女性に担わせるのか」といった様々な議論が巻き起こりました。今回は、海外の状況とも比較しながら、この問題について考えてみたいと思います。

世界約90か国、薬局で購入可能

日本では、外国のほうが緊急避妊薬に関してオープンだと思われがちです。しかし、欧米圏のキリスト教徒の間では、否定的な考え方を持つ人も少なくありません。ただ、それはあくまでも個人レベルの話であり、国の制度面では、やはり日本よりもオープンだと言えるでしょう。現在、医師の処方がなくても薬局で緊急避妊薬を購入できる国は世界約90か国に上り、筆者の母国ドイツも含まれます。

ドイツでは2014年まで、緊急避妊薬を入手するためには医師の処方箋が必要でした。しかし15年1月、欧州委員会が緊急避妊薬「EllaOne(Ulipristal acetate)」の解禁を決定し、同年3月からはドイツで、EllaOneを含む緊急避妊薬を医師の処方箋がなくても薬局で買えるようになりました。興味深いのは、14歳以上であれば、保護者の同意がなくても緊急避妊薬が薬局で入手可能だということです。

「産まない権利」が優先されているドイツ

14歳以上であれば保護者の同意がなくてもよいというのは、一般的な日本人の感覚からすると違和感があるかもしれません。しかしその背景には、女性の緊急事態(望まない妊娠)には早急に対処すべきというドイツ社会のコンセンサスがあります。もしも、未成年だからと緊急避妊薬を入手するために親の同意を取りつけなければいけないとなると、家出してきた子や、親の暴力に悩まされている子の場合、同意を取りつけるのに時間がかかってしまい、緊急避妊薬の服用が間に合わなくなる可能性があります。

写真はイメージです。

また、妊娠は男女の性行為の結果であることから、従来の「妊娠した少女を叱る」という行為は女性のみに責任を負わせるものだとして、近年は問題視されています。本人に産む気がないのに産むように説得することも、後に子供に対する虐待につながりかねないということで見直されてきています。そのため、どういった状況で妊娠に至ったにせよ、望まない妊娠については優先順位を考慮した結果、女性がなるべく早く緊急避妊薬を入手できるように制度化されたわけです。

同時に、ドイツでは、緊急避妊薬がもたらす副作用についても学ぶ機会があります。学校の性教育の授業で習いますし、実際に薬局で緊急避妊薬を入手する際も、「これは定期的に使うべきではない薬であること」や「生理の周期を混乱させてしまうものであること」などの説明があります。個人差はありますが、薬の種類によっては、服用後に気分が悪くなったり、腹痛や頭痛に悩まされたりする場合もあります。そういった副作用について、ドイツでは広く知られていますが、副作用があるからといって緊急避妊薬を飲むべきでないと考える人は近年少なくなってきています。最後まで「望まない妊娠」に対する「産まない権利」が優先されているというわけです。

日本ではまだ浅いピルの歴史

このように、緊急避妊薬に対してオープンな考え方の人がドイツには多いですが、それは、ドイツではピル(経口避妊薬)が既に半世紀以上にわたって使用されてきたことと関係しています。ドイツでは1961年にピルが解禁されましたが、当時は「既に子供が複数いる既婚女性で、生理痛などの問題がある場合」に使用が限られていました。その後、規制が緩まり、60年代後半からは多くの女性がピルを使用するようになりました。約半世紀が経過した2018年には、ドイツの女性の半分以上がピルを飲んでいます。

面白いのは、ドイツでは比較的保守的な考え方をする人たちでも、ピルの使用は問題ないと考える人が多いことです。筆者が通っていたギムナジウム(大学への進学を希望する子供たちが通う8年制学校)のカトリックの授業中に、女性教師が「私はカトリック教徒ですが、事前に妊娠を防ぐというピルの使用は、何が悪いことなのか分からない」と言っていたぐらいです。カトリック教会のトップであるローマ教皇が避妊に反対していたことを考えると、この先生の発言は画期的なのですが、ドイツではけいけんなカトリック教徒であっても、避妊には寛容な人が多いのです。

日本で避妊目的の低用量ピルが認可されたのは1999年で、性的不能治療薬「バイアグラ」の認可よりも遅かったのでした。考えてみれば、日本のピルの歴史は「まだ浅い」わけです。そのため、避妊や緊急避妊薬の話になると、「若い女性が自由に使うと大変なことになるんじゃないか」といった保守的な意見が幅を利かせるのではないでしょうか。

避妊は「男と女」双方の問題

SNSなどで物議を醸した前田副会長の「日本では若い女性に対する性教育、避妊も含めて、ちゃんと教育してあげられる場があまりにも少ない」という発言ですが、改めて考えてみると、当たっている部分もあると思いました。というのも、ドイツでは避妊を含む性教育が積極的に行われているのに対し、日本での性教育は「寝た子を起こすようなもの」だとして歓迎されない向きもあるからです。しかし、女性が一人で妊娠することは不可能であり、妊娠には必ず「男と女」が関わっていることを考えると、前田副会長の発言の「若い女性に対する」のところに「若い女性と男性に対する」と加えたほうがいいのではないでしょうか。

避妊は女性だけの問題ではなく、男性の問題でもある――。そのような考えがもっと浸透することを願ってやみません。

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住22年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」
著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「満員電車は観光地!?」(流水りんことの共著 / KKベストセラーズ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)。