韓流ドラマ「梨泰院クラス」、タンバムの屋上で考えたこと

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Netflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』独占配信中

話題の韓流ドラマといえば、「愛の不時着」をまず思い浮かべますが、同じくらい人気を博しているのが「梨泰院イテウォンクラス」です。ドラマの舞台となった梨泰院は、ソウル市内のおしゃれなレストランが立ち並び、様々な国の文化が入り交じるエリア。読売新聞ソウル支局の豊浦潤一支局長が、ロケ地を歩きながら人気の背景を探ります。

韓国情緒あふれる酒場

韓国の特有の情緒を味わえる酒場を「ポジャンマチャ(布張馬車)」と呼ぶ。屋台をビニールシートで覆って、プラスチックのテーブルといすを並べただけの簡素な作り。韓国ドラマでは、人生に行き詰まった主人公が、緑色の瓶に入った焼酎を独りで飲むシーンがなじみだ。

韓国の若者がより好んで行くのは、ポジャンマチャを屋内に移した「シルレポチャ(室内布車)」だ。韓国で2020年1月~3月に放映されたドラマ「梨泰院クラス」で、主人公パク・セロイ(パク・ソジュン)が「タンバム(甘い夜)」という名のシルレポチャの経営者として登場し、改めて注目を集めている。

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「梨泰院クラス」 小さな飲み屋を開いた前科のある青年セロイが、チョ・イソ(キム・ダミ)ら仲間とともに、成功を勝ち取るため大物を相手に無謀な戦いに挑んでいく。復讐ふくしゅう劇のなかに、格差やジェンダー、友情、恋愛などに悩み、もがく若者たちの姿が描かれている。日本では3月からNetflixで独占配信され、今もトップ10入りする人気。原作は、同名のウェブ漫画。

7月中旬の夜、梨泰院中心部にある「クルバム(蜜の夜)」を訪れた。梨泰院クラスの原作者が経営する店だ。店員も客も20歳代が中心で、天井を観葉植物が覆い尽くす凝ったインテリア。BGMにヒップホップが流れる。

梨泰院中心部にあるシルレポチャ「クルバム」。スンドゥブチゲ(純豆腐なべ)をつまみに焼酎を飲むのが人気のようだ

男性同士、女性同士の客が目立つ。韓国の若者たちの話では、シルレポチャは、出会いの場でもあるようだ。「男性同士の客が、女性同士の客を誘って相席する。ナイトクラブで出会った男女が、明け方に最後の一杯を飲みに来る場所でもある」という。殺風景な原型「ポジャンマチャ」とは一線を画すモダンな雰囲気は、集客のカギとなる「おしゃれな客層」を呼び込むための仕掛けなのだろう。

俺の価値をお前が決めるな

梨泰院クラスで主人公が経営するタンバムのロケ地。内部は劇中と違う造りだが、屋上はそのままで、客はテーブル席で料理と酒を楽しめる

梨泰院の外れにある「タンバム(甘い夜)」のロケ地にも足を向けた。ドラマに登場した店構えのまま、別名のシルレポチャが営まれていた。屋上のテーブルでビールを飲みながら、ドラマの魅力について考えてみた。

まず、主人公の職業設定が絶妙だ。韓国では、青年失業が最大の社会問題となって久しい。1529歳の失業率は10%を超える。ソウルの繁華街には、政府、自治体、大企業が失業対策のため起業を支援した「青年食堂」があちこちにある。現代のコリアンドリームの舞台として、飲食店はリアリティー十分だ。

何より「人生の成功とは何か」という問いを真正面に投げかけた上で、韓国の既存の価値観を打ち破ろうとする若者の姿を描いている点が共感を得たことは間違いない。ドラマのメッセージは、セロイが言い放った「俺の価値をお前が決めるな」というセリフに凝縮されている。

韓国社会には、科挙に合格して官職を得ることが立身出世の道だった朝鮮王朝時代から受け継ぐ職業観がある。成功とはつまり、学歴を積んで医師、法律家、公務員、学者、大企業の社員になることなのだ――という。中卒の前科者であるセロイが、シルレポチャ経営でのし上がっていくストーリーに若者が熱狂した背景には、既存の職業観に縛られた大人たちがいる。

「タンバム」の屋上からは梨泰院の通りや町並みが眺められ、セロイや仲間たちの気分に浸れる

記者は20年前、韓国の母親たちに尋ねたことがある。「日本では、ラーメン店でも繁盛させれば社会的にも尊敬される。もし、子どもが飲食店経営の道に進みたいと言ったらどうするか」。母親たちは一斉に「とんでもない」と首を振った。

全ての若者が定番の出世コースを歩めるわけではないのに、親や学校が定番コースに若者を押しやれば、求人と求職のミスマッチが大量発生するのは当然だ。実際は、韓国の就業者の4人に1人がセロイと同じ自営業者で、経済協力開発機構(OECD)の調査では、38か国中7位の高さだ。

救いなのは、近年のグルメブームでシェフという職業や外食産業が脚光を浴びていることだ。シンボル的な存在が、ソウルで1993年に開店したサンパプ(包みご飯)店を出発点に世界的な外食チェーン企業を築いたシェフ兼実業家のペク・チョンウォン氏(53)だ。テレビ番組にも出演して国民的人気を集め、野党から次期大統領候補として擁立したいとの声も上がっている。

多様性を受け入れる自由な街

梨泰院クラスのもう一つの重要なメッセージが「多様性の受容」であることは、セロイが、トランスジェンダーのマ・ヒョニ(イ・ジュヨン)や黒人のキム・トニー(クリス・ライアン)をタンバムの従業員として雇っていることからもうかがえる。韓国の芸能人で初めてゲイであることをカミングアウトしたホン・ソクチョン氏も梨泰院の顔役として出てくる。

韓国社会で性的少数者(LGBT)や黒人に対する差別が根強いことを反映している。ソウル市庁前広場で2019年5月末、LGBTの集会が開かれた時は、保守系宗教団体が広場の真横で反対集会を開いた。

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LGBTや黒人にとって梨泰院は、偏見の視線を感じずに済むオアシスだ。18年6月、近くの龍山ヨンサン基地から在韓米軍司令部がソウル近郊に移転するまで「基地の街」だったため、外国人やLGBT向けの飲食店が集まっている。劇中、セロイの恋人オ・スア(クォン・ナラ)が言うように、あらゆる国の文化が混じった「自由な街」だ。

韓国の未来を切り開くには、これまで通りの輸出主導型であれ、新たな内需拡大の道であれ、自由な気風の中であらゆる個性を融合して古い価値観を壊していくほかないのではないか。ドラマは、そう問いかけているのだろう。  (読売新聞ソウル支局長 豊浦潤一)

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