ヤンキー彼氏と別れ婚活成功、起業も…人生を好転させた思考とは

News&Column

ちゃんと仕事をして、ちゃんと結婚して、ちゃんと子育てもして……。それなのに、周囲に認めてもらえない、報われないと思っている人は少なくないはず。そんな「ちゃんと」をやめたら、仕事もプライベートも充実しだしたという女性がいます。このほど『「私、ちゃんとしなきゃ」から卒業する本』(WAVE出版)を出版した小田桐あさぎさん(37)は、育児休業中に自身の人生体験をつづったブログが人気を集めて、生き方に悩む女性からコンサルティングの依頼が殺到。4年前に起業し、開講したセミナーの受講者は延べ7000人を超えました。そんな小田桐さんも、かつては悩み多き普通の会社員でした。なぜ「ちゃんと」をやめたのか、やめて何が起きたのか、小田桐さんに話を聞きました。

ヤンキー彼氏と同棲、夜はパチンコに繰り出す日々

――本書では、「好きな仕事だけをして苦手な仕事は手放してみる」「家事がキライなら家事代行にまかせてみる」など、多くの人がちゃんとやらないといけないと思っていることをやめてみることを提唱しています。なぜ、この考えが思い浮かんだのでしょうか。

会社員だった頃は、職場の待遇に文句も言わずに仕事をして、婚活も頑張っていました。でも、仕事では評価されず、モテないし、お金もたまらない。「ちゃんとした人」になろうと努力しているのに、何一つ報われることがありませんでした。自分は間違った方向にアプローチしているのではないかと思い、「ちゃんと」を一つ一つ手放していくことにしたんです。すると、不思議と人生が好転していきました。

――「『ちゃんと』しないといけない」という思いは、いつからありましたか?

母から「ちゃんとしなさい」と言われて育ちました。小学生の頃から塾に通って勉強を頑張り、中学校の時の成績は5と4ばかり。ところが、高校は進学校で、みるみる成績が落ちてしまったんです。それなら外見で目立とうと、髪を染めて派手な格好をしました。高校2年の時にバイト先で出会ったヤンキーの彼氏の影響で、学校はさぼりがちに。卒業後は、同棲どうせいしながら携帯電話の販売会社で働きました。彼氏は無職だったので、家事も家計も私の担当でした。仕事を終えて家に帰れば、食事を作り、夜は二人でパチンコやゲーセンに繰り出していました。結局、私は過労と栄養失調になり、3か月で実家に戻りました。でも、その後も彼とは、ずっと付き合っていましたね。

――なぜ別れなかったのでしょうか。

彼に「ちゃんとした」いい女だって認められたいという思いがあったからだと思います。その後も、「英語が話せるようになりたい」とカナダに留学したり、「手に職を付けないといけない」と、建築系の専門学校に通ったり。「人生うまくいかないのは、自分が『ちゃんと』していないからだ」と、常に努力し続けていました。

転職先の社長との出会いが転機に

――「ちゃんと」をやめてみるきっかけは、いつ訪れたのでしょうか。

専門学校で勉強したことを生かそうと、27歳の時、建築設備の設計会社に就職しました。「ちゃんとした」仕事だったけれど、まったく面白くない。ある時、「ちゃんと」をあきらめ、仕事の手を抜き、休みの日はいつも朝から晩までネットゲーム、興味のあったホステスの仕事を副業で始めました。3年ほどたって、転職活動をしたら、エージェントが外資系ベンチャー企業の営業の仕事を紹介してくれたので、とりあえず転職したんです。その新しい就職先の社長との出会いが、大きな転機をもたらしてくれました。

――どんなことがあったのでしょうか?

その社長は、「本当にそれは必要なのか?」を常に問うていました。社長の考えを聞くうちに、「ランチは12時から取る」とか「出張から帰った時、定時前であれば一度会社に戻る」とか、自分が「こうしなきゃ」「こうあるべきだ」と思っていたことは、実は必要ないのではないかと思うようになったんです。

――気づいてから、どんな行動を起こしましたか。

ちょうど自己啓発書を読み始めた時期で、そこに書いてあることを一つ一つ実践していきました。まず、苦手な仕事は断るようにしました。新人教育が苦手だったので、新人社員には別の部署に移ってもらい、残業もしないと宣言しました。

周囲の「ちゃんとしろ」の圧力に負けない

――周囲から反発はありませんでしたか?

日本人って、「みんなやっているんだから」という同調圧力が強い。私としては、「自分勝手を言っているわけではなくて、その方が会社にとってメリットがあるから」と思っていました。新人社員も、教育が苦手な私に教えられるより、得意な人に教えてもらった方がいい。残業しないことは、効率的な働き方をするということです。苦手な仕事をして迷惑をかけたり、ダラダラ働いたりするよりもいいはずです。私が「ちゃんと」しないのは、周りを幸せにするためという確信がありました。

――プライベートでは、どんな変化がありましたか?

ヤンキーの彼氏とは、くっついたり離れたり。一方で、ちゃんとした女性になるために、「30歳までに結婚して、第1子を産まないといけない」と、婚活を頑張っていました。男性には「仕事もできるし、料理もする」とアピールしたけれど、まったくモテない。アルバイトしながら実家で気ままに暮らしている友人が、ハイスペックのイケメンと結婚した時、「もう『ちゃんとした』女性をやめよう」と思ったんです。収入や見た目など80項目もの理想の条件を書いたリストを作り、「この条件に当てはまる男性じゃないと結婚しないし、結婚しても家事はやらない。それでもいいと言ってくれる人が現れたら結婚する!」と。「ちゃんとした」女性像を手放した時に、理想の男性が現れて、すぐ結婚しました。29歳の時です。

「ちゃんと」の呪縛から逃れるのは難しい

――結婚、出産を経て、育児休業に入ります。この間は何をしていたのでしょうか。

ブログを書き始めました。自分の人生経験を語るうちに、いろんな人から相談に乗ってほしいと連絡がくるようになり、だんだん人数も増えてきたので、セミナーを開くようになりました。半年くらいした時に、育休中だった会社を退職して、会社を設立しました。

――セミナーは、「普通の女で終わらない」をキーワードに、女性が自分自身の魅力ややりたいことを見つける手助けをするプログラムが人気を集めました。また、2018年4月には、「嫌なこと全部やめたらすごかった」(WAVE出版)を出版しています。収入も増えて、順風満帆な起業家生活だったのでしょうか。

実は、起業してからも、「ちゃんと」に悩まされたんです。ブログがきっかけの起業だったので、「『ちゃんとした』起業家にならなくては」と、自分で自分を責めていました。ほかのベンチャー企業にインターンに行ったり、新規事業の立ち上げを考えたり。嫌なことはやめたはずなのに、なんだかつらい。理由を考えた時に、まだ自分が「ちゃんと」の呪縛にとらわれていたことに気づいたんです。それで、「人から『ちゃんとして』見られることって大切なのか?」という思いで、この本を書きました。

育児書を30冊読み込んでわかったこと

――小田桐さんは、5歳と1歳の子供の母親でもあります。子育てで、「ちゃんと」はありましたか?

妊娠前から、「ちゃんと」にとらわれていましたね。妊活をしている時は、子供の生まれ月が4月、遅くとも7月くらいになるようにコントロールしました。妊娠してからは、育児書を30冊読み込みました。完璧な子育てをしたかったんです。だんだんのめりこんで、海外の論文を読んだり、子育ての研究をしている大学に問い合わせて研究のお手伝いをしたりもしました。でも、そうしているうちに、その発想がダメだということに気づいたんです。一番いい子育てって、その子のありのままを尊重することだし、母がすべきことは、あれこれやるんじゃなくて、自分の心を安定させて、子供に何があっても受け止めることだと思い至りました。

「ちゃんと」をやめたら、自分と自分の周りが幸せに

――『「私、ちゃんとしなきゃ」から卒業する本』では、お金や仕事、恋愛、子育てなどで、やめてみるべき「ちゃんと」が6章にわたって書かれています。「疲れたら仮病で休む」「子供にiPadを好きなだけ見せてみる」などは、とてもユニークな発想で、読んでびっくりしました。

「ちゃんと」を卒業することは、「適当に生きる」「きちんとしない」という意味ではありません。「必要のないことや、苦手なことを手放す」という意味です。自分だけが楽をして、周りのみんなが我慢したり、苦労したりするのではなく、自分自身が変化をすることで、自分の周囲、社会を幸せにするという目的があるのです。それに、周囲を気にして「ちゃんと」している人より、うまくできない短所があって、やりたいことをやって、ありのままに生きている人のほうが、とても魅力的だと思うんです。すべてを実行するのは抵抗があるかもしれませんので、できそうなものからトライしてもらえたらうれしいです。

(取材/読売新聞メディア局 山口千尋)

小田桐あさぎ(おだぎり・あさぎ)
株式会社アドラブル代表

  1983年札幌生まれ。第1子妊娠中に、ブログを開設。独自の恋愛・家庭・仕事論が好評を博し、月間40万PVの人気ブログへ。コンサル依頼が殺到し、育児休暇中に起業、株式会社を設立。オンラインサロン「魅力ラボ」を主宰。著書に「嫌なこと全部やめたらすごかった」(WAVE出版)。