被災地の思いを形に…秘密だった聖火トーチの素材とは?

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パラリンピックの聖火トーチ

東京五輪・パラリンピックの聖火リレーで、ランナーたちが握るトーチ。その数は、オリンピックが約1万本、パラリンピックが約1000本に及びますが、東日本大震災の被災地に建てられ、その後解体された仮設住宅の廃材を利用したものであることは、あまり知られていません。被災地を訪ね、「平和」と「復興」をつなぐトーチへの思いを聞きました。

仮設住宅の明かりが希望

「私たちの希望の光が、再びともされるなんて……」。昨年3月、仮設住宅のアルミ廃材が聖火トーチとして再利用されることを報道で知り、宮城県塩釜市の団体職員・阿部安子さん(51)の胸に熱いものがこみ上げました。

解体前の仮設住宅(2018年、岩手県内で。LIXIL提供)

あの日、家路へ向かう通い慣れた道は真っ暗でした。阿部さんは、かじかむ手でスマートフォンを握るのが精一杯だったのを覚えています。仲良くしていた近所の家は跡形もありません。次の角を曲がったところに、我が家があるはずでした。

折れ重なるように倒れた電信柱が行く手を阻みます。無残に押しつぶされた自宅が見つかりました。どうしていいか分からずに、天を仰ぎました。「わあ、きれい」。漏れ出た場違いな言葉。阿部さんはそう振り返ります。空を埋め尽くしていた無数の星。次第に光はゆらゆらとにじみ、涙がほおを伝いました。

自宅を失った阿部さんは2011年6月、夫と息子2人と仮設住宅に入居しました。壁が薄いため、隣近所の話し声が聞こえ、隙間風の音が気になります。「それでも、ありがたかった。仮設住宅の明かりは希望に思えました」

秘密だった聖火トーチ製造

2018年6月、住宅設備大手・LIXIL(リクシル)の東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部の伊木直輝さん(33)は、仙台市内にある解体業者を訪ねました。

岩手県内の仮設住宅の解体に立ち会う伊木さん(真ん中)(2018年、LIXIL提供)

五輪・パラリンピックでは、東日本大震災の「復興」の道のりを伝えるため、聖火リレーで使われるトーチを被災地の仮設住宅のアルミ廃材で作ることが決定。同社は、仮設住宅824戸分を解体した際のドアや窓枠のアルミ廃材を再利用する役割を担いました。

「詳しいことは言えないけれど、復興を象徴するものを作りたいんです。解体した仮設住宅のアルミ廃材を分けてください」

解体した仮設住宅から集められたアルミ廃材(2018年、宮城県内で。LIXIL提供)

聖火トーチの製造プロセスはすべて秘密裏に進められたため、伊木さんは廃材の用途を明かすことができませんでした。仮設住宅の解体作業に携わった解体業者の秋場雅史常務(46)は、廃材の一部を再利用のために処理することになれば、ますます手間がかかると考えました。しかし、「復興を象徴するもの」という言葉に心動かされました。伊木さんの真剣な姿勢に、廃材の使途を聞かないまま、協力することにしました。

解体業者の秋場常務(右)と話すLIXILの伊木さん(今年2月、仙台市で)

壁に書かれた「ありがとう」

「仮設住宅の解体は、被災地にとって復興の一区切りですから、非常に感慨深いです」。秋場さんは、解体現場で被災者たちの暮らしぶりに思いを巡らせることがあるそうです。実際に居室を見てみると、壁やドアは薄く、隙間に目張りが残っている部屋もありました。

「冬は寒かっただろうし、プライバシーもなくて不自由を強いられていたのでしょう」。空っぽになった仮設住宅の壁に描かれた大漁旗、復興を祈る言葉、そして、「今まで、ありがとう」のメッセージ……。仮設住宅に刻まれた希望と感謝の気持ちを、秋場さんは数多く目にしていました。

仮設住宅に描かれた大漁旗(LIXIL提供)

「車いすバスケットの車いすになるんじゃないか」「アルミだから聖火台は難しいかな」。集めたアルミ廃材を眺めるたびに、秋場さんはそれが生まれ変わった姿を想像しては、期待を膨らませていました。

仮設住宅などに2万3000人

東京五輪・パラリンピック組織委員会は昨年3月、聖火リレーのトーチを披露しました。桜をモチーフにしたデザイン、ゴールドに輝く色彩、風雨に耐えられる燃焼システムなどが注目されました。

しかし、素材に仮設住宅のアルミ廃材が使われたことは、わずかな説明があっただけ。それでも、秋場さんは「聖火トーチは多くの人の手につながっていく。復興のシンボルとしてふさわしい姿に生まれ変わった」と感激しています。

復興庁によると、東日本大震災による避難者は20年2月10日現在、約4万8000人。このうち、約2万3000人が自宅以外の仮設住宅などで生活を続けています。

オリンピックの聖火リレーは3月26日に福島県を出発後、全国47都道府県を回り、7月24日の開会式で東京都の国立競技場の聖火台に点火されます。パラリンピックは、8月13日から全国各地で聖火イベントが始まります。

LIXILの伊木さんは、「東日本大震災の復興はまだ道半ばです。熊本地震、西日本豪雨、台風被害のあった千葉などの被災地もあります。聖火トーチが全国の被災者の希望になってほしい」と願っています。
(メディア局編集部 鈴木幸大)

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